愛なんて知らなかったし、分かろうともしなかった。
僕はただ、何もなく誰かに合わせて過ごせればよかったんだ。
誰かに必要とされてれば、それだけでよかった。
それはまるで、人形のように。
人を愛することを知らず、ただ誰かの人形でいいと思っていた――――。
「期待の若手写真家だって!周助、また雑誌に載るなんて教えてくれなかったじゃない」
「あぁ、それ?ごめん。言うの忘れてたんだ」
「もー!彼女であるあたしに報告しないなんて。全く!友達に自慢できないでしょ」
モノトーンで統一された僕の部屋に、彼女である加奈は出版社から送られてきた献本をパラパラとめくって、溜息をついた。
言う必要もないと思っていたから言わなかっただけなんだけど、加奈にとってはソレが友達付き合いには必要らしい。
「あ、そうだ。今度さぁパパの会社で、新しい会社の創立記念パーティをするんだって。あたしも出席することになったんだけど、周助も来てよね」
「お父さん、また会社立ち上げたの?」
「お兄ちゃんが社長で、ITなんちゃらの会社なんだって。マスコミ呼んで派手にするらしいよ〜」
「そうなんだ。で、なんで僕が?」
「パパが是非って!娘の彼氏が若手実力写真家ってネームバリューがいいんじゃない?会場で写真も撮って欲しいって言ってたよ?」
「マスコミ呼ぶなら嫌でも写真撮るんじゃないかな」
「もー!周助ったら鈍いなぁ。言ったじゃない!ネームバリューがいいって」
正直、この手の話は好きじゃない。あの煌びやかな雰囲気は悪くないけど、人間関係が複雑すぎて僕にはついていくのがやっとだからだ。
加奈はおそらく、そこで僕を婚約者とでも紹介するつもりなんだろう。加奈のお父さんだって、僕に良くしてくれてるから、悪い話じゃあない。
まぁ、深く考えてもどうなる事でもないし。
加奈のやりたいようにしてくれるほうが楽だから。
「分かったよ。そのパーティはいつ?」
「えっとね。三週間後って言ってたかなー」
「三週間後ね。予定空けとくよ」
「あ!当日着る服は、あたしが見立ててあげるからね」
「え?」
「あたしの彼氏だよ?しかもマスコミまで来るんだから、恥ずかしい格好できないじゃない?パパに言って、いいスーツ買ってもらおーっと!ついでにあたしもドレス新調してもらうんだ!」
サイドテーブルに置かれたシャンパンを飲み干した加奈は、鼻歌交じりでお代わりをグラスにつぐ。
雑誌片手に、僕が載ってるページを携帯で写真を何枚か撮っては、誰かに送ってるようだ。
僕は小さく溜息をもらして、窓の外の夜景をみつめる。
東京の一等地、高級マンション。二十四歳の僕の力では、まだまだこんな部屋は借りられない。全部加奈のおかげだ。
そう。だから、加奈の機嫌を損ねるのは色々と面倒くさい。僕は加奈のイエスマンでいればいい。
その方が、楽……だから。
「ねぇ、周助。あたし、周助が自慢なの」
「どうしたの、急に」
「高校の時、周助に出会えてなかったら……そう思うと怖い」
「加奈……」
「こんなに優しくてカッコイイ人なんて、他にいない。あたしのワガママ、なんでも応えてくれて。本当に周助が彼氏で、あたし嬉しいんだぁ……」
僕を繋ぎ止めるための甘い言葉。
時折、加奈はこうやって甘い言葉をもらしては、さも僕を愛してるかのような振る舞いをする。
「……そうだね。加奈から告白されてなかったら、今……こんな風にはなってなかったかもね」
「テニスは本当に残念だったけど……周助に写真家の道が広がって本当によかったよ」
「まぁ、怪我なら仕方ないけどね。普通にするぐらいなら問題ないし」
「ねぇ……。また軽井沢行った時、テニスしてくれる?」
「それくらいなら、もちろん」
「うふふ、あたし周助がテニスしてる時も写真撮ってる時も……スゴく好きよ?」
「ありがとう」
「それだけじゃなくて、コッチも……だけど」
加奈の手が、するりと僕のシャツの間から滑り込む。しばらく加奈の目をみつめると、唇が横と縦に動いた。コレが合図。
加奈の唇を少し乱暴に奪いながら抱き抱え、そのまま寝室に移動する。
恍惚な笑みを浮かべ、自ら服をぬいで僕を促す。
――――……これも加奈との付き合いを続ける上での義務。
そこには、なんの感情もなかった――――……。
「じゃあ、あたし帰るね」
一通り満足した加奈は、夜中にも関わらず家に帰る。
本人の言い分では、お父さんが泊まりには厳しいから……らしい。
職に就かず、親の金で遊び呆けてる娘にしてやれる最大の枷なのかな、とその話を聞いた時は思っていた。
「送ろうか?」
「大丈夫。車寄越したから」
「加奈の家の運転手さん、こんな時間でも働いてるんだから大変だよね」
「ホントそーよねぇ。パパもいつまであたしを子ども扱いするのかしら。今年であたしも二十五よ?」
「お父さんにとっては、加奈はいつまでも可愛い娘なんだよ。きっと」
「もー!あたしが周助のお嫁さんになったら、どうするのかしら」
「ふふ、それは大変かもね」
玄関でヒールを鳴らしたところで、携帯に連絡がきたらしい。「じゃあね」と僕の頬にキスをすると、颯爽と家を出ていった。
パタン、とドアが閉まり外廊下に響く靴の音が小さくなっていったとたん、僕は全身の力が抜けてそのまま座り込んでしまった。
ポーカーフェイスは得意な方だと思うけど、加奈が一緒にいると更に気が抜けない。
でも、こうすることが一番なんだと……身体が覚えてしまっている。
少し力が戻り、ふらふらしながら僕は外の空気を吸うためにベランダに出る。眼下に広がる夜景と、マンションのロータリー。
来客のためのそのスペースに、赤い車が停まってるのが見えた。
その赤い車に、さっき別れたばかりの加奈が乗り込むところが目に入る。
「……お抱えの運転手が、赤い車なんかで迎えに来るかな」
加奈は知らないだろう。
きみが僕にウソをついてること知ってるってことを。
きみが何人もの男と関係を持ってること知ってるってことを。
そして僕が、そんなきみになんの感情も抱いてないことを。
「このまま流れに身を任せれば……なにも考えなくてすむ、からね」
春先の風は、少し寒くて。まるで僕の心を現してるかのようだった。
どんな苦難な状況になっても、涙すら溢れなくなっている。
まるで感情がない人形のように――――……。- 18 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*