午後四時。パーティーの集合時間。僕はおろしたての藍色のスーツを身にまとい、機材を持ってタクシーを後にした。
ホテルでの受付を済まし会場まで赴くと、階段から登ってきた僕に気付いた加奈が、手を振って存在を示す。
「周助、ここよ」
「加奈。お待たせ」
「時間ピッタリよ。……やっぱり似合うわね!さすがあたしが見立てただけあるわぁ」
「加奈も似合ってるよ、ドレス」
「当たり前じゃない〜!今夜はちょっと気合い入れてるもの」
白を基調にしたドレス。アメリカンスリーブのベルラインで、背中はオープンバックになっている。
アクセサリーは控えめだけど、今の加奈の魅力を十分に引き出していると思う。
「お姉さん、来るの?」
「うん。仕事終わってからだって。急遽予約入ったって言ってたかな」
「へー占い師って忙しいんだね〜。知らなかった」
加奈はそのあたり興味がないようで、すぐさま違う話題を話しはじめた。
こないだディナーを一緒にした友人のことで、僕のことをすごく褒めてくれたそうだ。そりゃあ、ね。なるべく加奈が自慢したくなるように接したから……。
それで加奈が満足してるのなら、それでいい。
僕がカメラの準備をしていると、加奈は「ちょっと挨拶してくるね」と会場の奥へ歩いていった。
その昔、貴族の舞踏会では壁にいる女性を壁の花なんて呼んでたみたいだけど……まさしく今の自分はそんな状態だ。
人間観察、なんて聞こえはいいかもしれない。
けど、あちらこちらに著名人が談笑しているのを見てると、どんな権力がひしめき合ってるのかと思うと少し背筋が寒くなる。
カメラに視線を落として色々な人達を収めてると、肩の辺りを軽く叩かれる。
おかしいな。ここに僕の知り合いなんていないはずだし、姉さんはまだまだ来ていないはず。
ゆっくり叩かれた方向に顔をやると、久しぶりに見知った人がそこにはいた。
「やぁ、不二。久しぶりだな」
「…………乾?!久しぶりだね!」
「最近は写真家として活躍してるようじゃないか。こないだも雑誌見たぞ」
「ハハ、まだまだ。僕なんて写真家の中ではひよっこだよ?ところでなんで乾がここに?」
「あ、俺。今度この創立される会社にヘッドハンティングされたんだ。今日は従業員も参加してるからな。それでだ」
「そうだったんだ。中学の頃から相変わらず、データばかり取ってるんだね」
「それが仕事になってるからな。悪いが、今度はお前のデータも取ってやるぞ?」
「ふふ、取れるものならね。お手柔らかに頼むよ」
乾は大学も院まで進んで、卒業後はデータ専門の仕事に就いていた。データコンサルティング……とかなんとか。
パソコンのほうの知識もどんどん吸収していって、本当に乾には知らないものは無いんじゃないかな、と思うくらいには大成してた。
それが今度は加奈のお兄さんの会社に……。
「と、言うことは。僕がここにいる理由も知ってるんだろうね」
「もちろん」
「乾には隠しごとはできないなぁ」
「まぁ、話をもらった時は気付かなかったが。不二がいるから受けた話のようなもんだな」
「そうか……。じゃあ僕のせいで一生をふいにしたら悪いなぁ」
「そしたら不二か手塚か……大石辺りにでも養ってもらおうかな」
「アハハ!せめて英二とタカさんにも声かけてあげて?」
「菊丸は結婚して子どももいるしな。さすがに悪い気が。あ、でも河村の寿司を毎日食えるのはいいな」
久しぶりに素で笑ってる気がする。やっぱり気兼ねない、昔からの友人だからかな。
こんなに気が許せるのは、最近では家族の前以外はないと思う。
「にしても、不二があのまま別れずに付き合い続けるとはな」
「え?」
「正直、松本加奈はお前のタイプではないだろ?高校の時、妥協で付き合ったようなものじゃないか」
「あー……。今となってはタイプとかそういうのは関係ないかなって思ってるよ」
「今でも覚えてるぞ?松本が告白に来るたび見えないところで嫌な顔していたの」
「それ、どこから見てたのさ、乾。英二しか知らないよ?」
「まぁ、でも。色々あったが、不二が今幸せならそれでいいと思うがね」
メガネの向こう、乾の見えない表情。きっと穏やかになってるに違いない。
高校の時の怪我。青学レギュラー陣は、みんなあの時あの瞬間を知っているから。
でも、僕の時間と心は……あの時から動いてない。そんな気さえする。
「えー本日はご多忙の中、IT通信企業“アトリエR”の創立記念パーティーに起こし頂き誠にありがとうございます……」
「お、始まったな」
「うん。さて、仕事しなきゃ」
「大変だな。社長の妹の彼氏は」
「ずいぶんと嫌な肩書きだよね、それ」
たくさんのフラッシュがたかれる中、僕もその一人に混じってシャッターを押す。
ファインダー越しに見つけた加奈は、お父さん達と同じ壇上横にいて、いかにも財閥の一家……というオーラを醸し出していた。
本当に、僕とは住む世界が違う。見せつけられる疎外感と孤独感。
カメラのディスプレイには、こんなにも煌びやかで輝いてるのに。
なのに。どこか、冷たい雰囲気を感じるのは……シャッターを押してるのが僕、だからだろうか――……。- 21 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*