ペトルーシュカに花束を

07.



季節は夏に向かっていた。連日、蒸し暑い日が続いていて、もう梅雨なんてどっかにいったんじゃないかと思うくらいだ。

あのパーティーから数週間。加奈は六月に式を挙げたいと駄々をこねた。駄々をこねれば僕が折れると思ったのだろう。
あのパーティーが五月のことだったから、絶対無理だと言って僕が……というよりも加奈のご家族のほうが説得してくれてた。

それに、そんなすぐに式を挙げられるほどの気力は僕にはなくて。パーティー後の控え室で色々と言おうと思ったけど、もうなにを言っても無駄だと感じたからだ。
婚約指輪を自分で買い、周りから羨ましがられ、すべてはきみの思い通りに事が進んでる。僕には拒否権なんてない。

ただ納得させるのに一個だけ、僕は加奈に提案をしたんだ。
元々、来年に大きな公募展へ僕はエントリーするつもりでいた。そこでは若手の写真家や芸術家達がプロとして、大きく羽ばたく登竜門の一つだった。
この公募展で優勝すると、個展開催の権利が得られる。僕にとってもすごく大きいステップアップをはかれる、大事なコンテスト。

そこで加奈の承認欲求を満たす一言を、僕は放ったんだ。


『ここで優勝できたら、きっと加奈に相応しい夫になれると思うし、なってから加奈と堂々と結婚したい』


きみはきっと……いや、絶対。この出来事を大いに、そして周りにひけらかすだろう?

案の定、その一言とご家族のひと押しで、結婚式は来年の六月にと納得してくれた。
正直、僕は胸を撫で下ろした。加奈との結婚は逃げられないと分かっていても。
まだまだ覚悟ができてないんだ。

あんなにも自分に言い聞かせていたのに。


「やぁ、不二君。久しぶりだね」
「佐古田さん、お久しぶりです」


佐古田さんは、大学時代にすごくお世話になった写真家だ。僕が怪我でテニスが駄目になったとき、一番に写真のほうで僕をすくい上げてくれた人。
たまたま送った小さいコンテストで審査員をしていて、そのとき特別賞の推薦をしてくれた。僕にとって師匠といっても過言ではないかな。


「最近の活躍が目まぐるしいね。私も鼻高々だよ」
「そんなことないですよ。佐古田さんに比べれたら、僕なんてまだまだですから」
「お。ついに私と比べるようになったか。まずいなぁ、いつか不二君を敬うようになっちゃうかな?」
「相変わらず口がお上手ですね」
「不二君に言われたくないなぁ」


今日は相談をしたくて、久々に佐古田さんに連絡をしたんだ。忙しいにも関わらず、二つ返事で顔を合わせることに了承してくれた。

とある喫茶店でお会いする約束をし、まずはコーヒーを頼んだ。喫茶店は、いわゆるジャズ喫茶というもので。店内BGMでちょうど僕の好きなジャズが流れてる。


「で、相談っていうのはなんだい?」
「実は来年、『encounter』に応募したいと思っておりまして……」
「あぁ!若手の登竜門だね。あれは写真部門と芸術部門の二つのコンテストだな。不二君にとってもいい刺激になると思うよ。いいじゃないか」
「はい。そう思って、ステップアップしたくて応募することに決めたんです。ですが……」
「…………スランプ、かね?」
「……はい」


ふわりと鼻をかすめる、コーヒー豆が轢かれる匂い。その匂いは、僕の悩みまでも包み込むようで。少し、この雰囲気に酔ってる……そんな気すらおこる。

程なくしてテーブルに運ばれたコーヒーは、僕が佐古田さんに見せるため持ってきたポートフォリオに邪魔されて、端のほうへ追いやられる。
ただ、ここの味は抜群だ。いつだか手塚も連れてきたら、すごく気に入ってくれたのを覚えてる。


「うーん……。そうだね。もう私からはなにも言うことないんだけどね。構図も撮り方も魅せ方も完璧だしね」
「僕自身、少し物足りないんじゃないかと思ってるんです」
「物足りない、ねぇ」


佐古田さんは一口コーヒーを啜ると、ポートフォリオの前のページをおもむろに開いた。昔に撮った写真と、後ろのほう……最近撮った写真を交互に見比べていく。


「不二君。不二君が感じる足りない物。なんとなく分かったかなぁ」
「分かりますか……?」
「なんとなく、だよ?私を当てにしないでね」
「ご謙遜を。佐古田さんの今までのご指導、的確だったじゃないですか」
「それこそ買いかぶりすぎだよ!カメラを持ってる人の腕がいいんだ」


藁にもすがる思い。僕に足りない物。少しでも作品に対して、前にすすめるように。
せめて、写真だけは嘘をつきたくないから。
佐古田さんからのお世辞に否定しつつ、そのアドバイスに耳をかたむけた。
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