ペトルーシュカに花束を

08.



「そうだな。暖かみ、というのかな。うーん……そうだ。愛、が足りないかなぁ」


ずしり、と重くその言葉がのしかかった。
頭では理解してた。撮る側にもメンタル部分が作品に影響することを。
昔は我武者羅だったから。撮ることだけに、すごく集中してたと思う。
もっと色々な景色、人、立ち振る舞い、心情……その一つ一つを残したくてカメラを握ってたと思う。

それが愛、と言われればそうかもしれない。


「やっぱり……そうですか……」
「気付いていたんだね?」
「あの頃の僕と今の僕。違いを考えていくうちに、ですけど」
「初心忘るべからず、と言うからねぇ。きみ、婚約者いるのにまるで人を愛したことがないみたいだ。……あ。そうだ、不二君。明日ヒマ?」
「明日……ですか?」
「明日じゃなくてもいいんだけど、善は急げって言うしね」
「予定はないですよ。撮りに行こうとは思ってましたけど」
「じゃあ丁度いいね」


佐古田さんは、カバンから一枚チラシを取り出した。
これは……美大の芸術祭のチラシ?


「……佐古田さんの出身校、ですよね?」
「そうそう。コレは去年のだけどね。今年も開催するから、ちょうど学生達みーんな作品作ってる最中なんだよ」
「それと僕の予定がどう関係が……」
「ちょっと行ってみない?みんな情熱に燃えてる頃だから、美大を知らない不二君の刺激にもなると思うんだ」


確かに僕は美大出身でない。写真家の人で美大や専門を出てない人は少ないけど、行くことでなにかしらのインスピレーションを得られるかもしれない。
吸収できるものは、全部吸収したい。その意欲だけはある。


「僕が行っても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。大学なんてそんなもんでしょ?」
「そうかもしれないですけど……完全な部外者ですから」
「まぁ、学校のお偉いさん達には話しておくよ。万が一学校になにか言われても大丈夫なように」
「ありがとうございます。じゃあ……ちょっと行ってみます」


チラシはくれるというので、丁寧に折って持ってきてた荷物にしまい込んだ。
明日は確かに予定はない。ただ、いつ加奈が家に来るか分からない。突然予定を引っさげて家に来ることも度々あったから。


「これで、スランプから少しでも抜け出すきっかけになればいいんだけどね」
「これだけ気にかけていただけてますし、どうにかしたいところですけどね」


少し安堵したところで一口コーヒーを啜り、味と香りを楽しもうとした時、胸元のポケットに入れた携帯が震えたのが分かった。
大体こういう時は加奈からの連絡だ。どこかで見ているんじゃないかと思うことすらある。まるでどっかの誰かさんみたいだ。


「……婚約者さんかな?」
「そうですね……。明日の予定聞かれてます」
「あれ?じゃあまずいかな?」
「いえ、大丈夫です。僕のすることに基本反対はしませんので」
「なんか他人行儀みたいだねぇ。あ、そうだ。スランプ抜けるにはさ、あれじゃない?方法として、まずは婚約者とは違う人を好きになるとか……」
「佐古田さん。冗談ですよね?」
「あははは……不二君のその目みるの久しぶりだなぁ〜あはは」


少し焦った佐古田さんは、残ってたコーヒーを一気に流し込んだ。
別に怒ってはいないけど、こういったやり取りは昔からしてる。佐古田さんは人をからかうのが趣味みたいなものだ。

加奈からの連絡に、とりあえず明日は佐古田さんの出身校に行くという返事をした。恐らく興味はないだろうから、お友達と遊びに行くような内容が返ってくるはずだ。


明日――……。
少しでもこの心のモヤを晴らせるように。
これ以上、自分が今やりたい事に、妥協はしたくないから。

まるでコーヒーの匂いが自分を満たすように、見えないなにかをこの手で掴めるよう、前にすすむしかないんだ……。
- 25 -
*prev | *next
*Sitetop*or*Storytop*