「ここか……」
最寄りの駅からバスで数分。佐古田さんの出身である美大が見えた。
こうやって見ると普通の大学と変わらないけど、一歩足を踏み入れるとガラリとその雰囲気が変わる。
「美術学部……ってどの辺、かな」
僕は写真だけを見るつもりはなく、色んな学部や学科を見ていこうと思っていた。
どれが自分の直感にくるか、色んなものを見ることで養えるんじゃないかと考えたからだ。
まぁ、この広さじゃあ……一日でって無理あるかもしれないけど。
「こっち、かな?」
携帯で調べた校内地図片手に、美術学部へ向かう。
すれ違う学生達はみんな個性的な人が多く、加奈との華やかな生活とは真逆で、なんとなくホッとしてしまう。
どうやら佐古田さんは、キャンパスにカメラマンが入るという話を大学側を通して学生にしといてくれたらしい。掲示板に簡素な案内が貼ってあったのを見て、さすが佐古田さんだな……と感心してしまった。
右往左往しながら美術学部のほうへ足を運ぶと、どうやら絵画科の教室にたどり着いたようだった。
(……油絵、かな)
数人の学生が、キャンバスに向かって筆やペインティングナイフを走らせてる。
その光景に、ここで瞼の裏に焼き付けるだけではもったいな……と感じ、急いでシャッターを切った。
なるべく学生さんの集中が切れないように、遠くから。
「うん。いい感じだ……」
こんなにも感化されるものなのか、と自分で自分が少し恥ずかしくなる。まるで小さな子どもみたいで。
それはそれで作品に対して素直になれるかな、なんて思いながら足を進めると……。
次の教室で、大きなキャンバスに向かい険しい顔をしてる女の子が目に入った。
自分の何倍もあるそのキャンバスに、まるでこれから戦いを挑むような出で立ち。
腰までありそうなロングヘアをポニーテールで簡単に結んで、大きめのTシャツにGパンという姿で一心不乱に絵筆を走らせてる。
でもその絵画は、まるで正反対で。
繊細と言っていいのかな?険しい顔とはまるでかけ離れたようなタッチに、思わず魅入ってしまう。
気がつけば僕は、その女の子をファインダーに収めて何回もシャッターを押していた。
この感じ、感覚。久しぶりに高揚する瞬間。なにも収めないなんてもったいない。全部切り取って、保管したい気持ちになる。
無我夢中でシャッターを押し続けてると、ファインダー越しに女の子がこちらを見てるのに気がついた。
あ、顔が怒ってる。こんな怒った顔する女の子見るの、初めてかもしれない。
なんだか可愛いな、なんて思った僕は不謹慎かな?
「あの!なんですか!」
「あ、ごめんね。無断で撮ってしまって」
「失礼ですよ!こんなところ撮るなんて……」
顔のあちこちに絵の具がついてる彼女が、絵筆を僕に向けて近付いてきた。
……これはちょっと大変かも。初めての感情に、どんな言葉が合うか分からない。
「言ってくれればもうちょっとマシな顔していられたのに……」
「え?撮られたことが嫌じゃなかったの?」
「えっ?!あ!ちが、その!だって、掲示板のアレ……アナタですよね?」
「あぁ、そうだね。知っててくれてたんだ」
「べ、別に撮られることが嫌とかじゃないですけど!なんかちょっと……まさかこんな形で撮られるとは思わなかったから……」
ふふ、可愛い。年下だからかな。僕は変に余裕ぶってしまう。
それに、こんな初々しい反応してくれるコなんて、初めて出会ったから。ついつい意地悪したくなってしまう。
「ふふ、ごめんね。僕は不二周助。きみは?」
「あ、あたしは……ここの絵画科油絵専攻の三年で、相葉雫って言います」
「相葉さん、ね。顔に絵の具をつけた相葉さん。うん、覚えたよ」
「はっ?!えっ!ちょ!いつもは普通ですから!」
ゴシゴシと首からかけてたタオルで顔をふく相葉さん。僕の一言一言になんとなく踊らされてるのが可笑しくて、もう少し話をしていたくなる。
と、いうか。むしろこれは……。彼女をモデルに写真を撮らせて欲しいくらい。
こんな気持ち、初めてだな。こんなにも揺さぶられるのは、今まで経験がない。
もしかしたらスランプを脱せるヒントになるかも。
そう頭の中で考えを巡らせてんだけど、考えをまとめる前よりも先に僕は自分の名刺を彼女に差し出していた。- 26 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*