ペトルーシュカに花束を

10.



名刺を差し出された相葉さんは、目を丸くして固まった。
突然すぎたから、かな?なにも言わずに差し出された名刺にすっと視線を落とす。


「……写真家。え?じゃあここ出身なんですか?」
「いや、出身校は違うんだ。僕の先生がここの美大卒で。佐古田信宏っていうんだけど……」
「あ!知ってます知ってます!たまにテレビや雑誌で拝見してますよ。あれ?佐古田さんのお弟子さんって……あー!」
「え?」
「ああああたし、知ってます!不二さんのこと!去年、佐古田さんが芸術祭の時にいらっしゃって絵画科にも来てくれたんですよ!言ってました!不二さんのこと!」
「あれ。じゃあ悪口でも言われてたかな?」
「いやいやいや!そんなこと全然!褒めてらっしゃいましたよ!」


頭を左右に激しく振る相葉さん。なんだか挙動一つ一つが可愛いな。小動物みたいだ。


「じゃあ……話が早いかな。ちょっと、きみにお願いがあるんだけど」
「はい?」
「僕、来年ちょっと大きなコンテストに応募予定なんだけど、ちょっとスランプ気味で。もし相葉さんがよければ……モデル、やってみない?」
「えっ?!!」
「もちろん、作品作りは邪魔しない。むしろ作ってるところを撮らせてほしいな。さっきの相葉さん、本当に素敵だったから」
「えええええ!!」


さっき相葉さんを収めた写真を、カメラのディスプレイから見せる。
我ながらいい出来だとも思った。こんなにいい写真を撮れたのは久しぶりだ。


「え……なにこれ。あたし……?」
「紛れもなく相葉さんだよ?」
「わぁ……。こんな風に撮れるもんなんですね。あたし、絵ばっかりで写真はなにも分かんないんですけど……なんだろ。これはすごく素敵に見える」


相葉さんは、少しうっとりとした表情でカメラをじっと見つめる。もしかしたら同じ芸術家として、分野は違くても通づるものがあるのかもしれない。

あぁ。そういえば最近、美術館巡りとかしてなかったな。加奈は全然そういうの興味なくて、すっかり足が遠のいてた。


「なんかすごい。ここの中で個展が開かれてるみたい」
「その個展をかけて、さっき言ったコンテストに応募するんだ。最優秀賞とれると、個展開催できるんだよね」
「そんな大事なコンテストに、あたしなんかがモデルでいいんですか?」


すごく申し訳なさそうに聞く彼女。
なんだろ。このコ、人を疑うってこと知らないんだろうな。素直で純粋で。それが彼女が描く作品にも出てる。


「あたしなんか、なんて全くないよ?むしろ全力でモデルになってもらいたいな」
「えええ……だってあたし、モデルになる程の容姿とかしてないですよぅ……」
「……照れてる?」
「……ッ!て、照れてませんッ!」


あ、満更でもなさそう。顔も赤いし。多分、容姿を褒められることに慣れてないんだろうな。……じゃあ、もう一押し。


「相葉さんって、そんな顔もできるんだね。十分可愛いよ?」
「アッ!ばっ!な、なにををを……!」
「それに、純粋に作品に向き合うその姿、格好良いしね。絵も素敵だし、見る人が見ればすごく惹かれる絵だと思う」
「……!!」


顔が赤くなったと思ったら、次は輝いた表情になった。くるくる変わって、忙しい。このコ、本当に飽きないコだなぁ……。
加奈とは全然タイプが違うからか、なんだか新鮮に感じるな。

それに……すごく、興味が湧く。


「今すぐ答えてもらわなくても大丈夫だから」
「へっ?」
「名刺。僕の携帯番号書いてあるから。連絡して?」
「あ……。あ、じゃあ!」


パタパタと教室に戻った相葉さんは、どうやら荷物から携帯を持ってきてくれたらしい。
ふふ、一つ一つの動きが、本当に小動物みたいだな。ハムスターとかリスとか。


「あの。あたしの番号、も。良かったら。交換しませんか?」
「……今の子ってみんなこんなに積極的なの?」
「ちっ、ちが!あたしからの番号って分かんなかったら嫌かなって思ったんです!知らない番号に出ない人もいますし!」
「ふふ、分かってるよ。ありがとう」
「うぅ……。不二さん、あたしのこと……からかってません?」


こうして、なんとしてでもモデルになってもらいたい相葉さんと連絡先の交換ができた。
大収穫だ。このコがモデルになってくれたら、きっといい写真が撮れる。断言できる。


「じゃあ、よろしくね。相葉さん」
「…………期待、しないでくださいね」
- 27 -
*prev | *next
*Sitetop*or*Storytop*