ペトルーシュカに花束を

14.



「かっこいい……」


間違いなければ、うしろからそう小さく呟かれたのが聞こえた。
ぼくのうしろにいるのは、今はただ一人。
長い髪を風で揺らしながら、帽子が飛ばないように手で押さえ凛と佇む相葉さん……。

気のせい、か?いや、間違いなく聞こえた。
それは僕のこと?それとも……その目に映る違う誰か?

聞こえないふりをして、僕は振り返ることにする。お互いにまだ、目的は果たされてないはずだから。


「さて。どの辺まで行く?海には入らないんでしょ?」
「え?!あ!は、はい!水着は持ってきていないです!」
「ふふ、なに?どうしたの?顔が真っ赤だよ?」


調子はずれな上ずった声で返事をした相葉さんは、顔が赤いことを隠すかのように帽子を目深に被り俯いた。
表情はもちろん分からない。分からないけど、記憶はある。昔、学生だった頃。こういう女の子は見てきたから。

僕の自意識過剰じゃなければ、きみは僕のこと――……。


「大丈夫?気分悪い?」
「へっ?!」
「海風が吹いてるとはいえ、暑いからね。熱中症にでもなったら……」
「だっ!大丈夫れすっ!」
「……ぷっ、あはは!れす?」
「ぐっ……か、かみました……」
「ふふ、本当に相葉さんって面白いよね」
「うぅ〜……」


上手くはぐらかせられたかな?
たとえ自意識過剰でも、その淡い恋に期待させちゃいけない。

そもそも僕には人を愛する資格なんてない。それがどんな気持ちなのか、もう分からないのだから。
それに……僕には婚約者がいて、一生籠の鳥でいなければならないのだから。

こんなにも可愛らしいきみを、僕のせいで傷つけたくはない。


「はい」
「え?」
「ほら、おいで。階段、危ないから」


砂浜に下りる階段はかなり急で、女の子に一人で下りさせるには少し忍びない。
手を差し出し一緒に下りることを促すと、相葉さんはおずおずと左手を僕の右手に添えてくれた。

ようやく見えた、目深の帽子の下。
なんて女の子らしい表情の、恋焦がれたような顔ばせ。
一瞬、時が止まったようにも思えた。
こんな女の子、僕はほかに見たことがない。そう、あの加奈でさえ。こんな表情は付き合ってからもその前も見たことはなかった。


「すみません。本当に急ですね」
「あ、あぁ。うん。ちょっと考えて欲しいよね」
「でも、すごいキレイ!やっぱり海っていいですねー!キレイな海に着くための最後の試練みたいですね、この階段」
「そんな発想したことなかったな。相葉さんすごいね」
「え。すごくないですよ。普通ですよ」


すごいと思うよ。きみは人を虜にする能力でも持ってるんじゃないかって。
もしかしたら、女の子はみんな持ってるものかもしれないけど。僕には触れ合う機会がなかったな。

もし、加奈と付き合ってなかったら。
もし、もっと早くきみと出会っていたら。

そんな考えが初めて僕の頭の中を駆け巡った。
どんなに巡っても、無駄だと分かってても。

心の中で、まるでシグナルのように。なにかを否定するんだ。
この気持ちを……。

気付いてはいけないって。
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