砂浜に降りて、海水浴を楽しむ人々を横目に僕達は岩場に向かった。
相葉さんのワンピースが、海風に攫われてパタパタと音を立てる。海の波音と人々の喧騒。どこか遠くまで逃げてきたような、そんな感覚にすら陥りそうだ。
危ないよ、と言ったけれど相葉さんはどうしても登りたいといつもの調子で岩場に登ろうと足をかける。
きみ、ワンピースだよね?見えちゃうよ?
「ダメダメ。スカートの女の子がそんな足を露にしちゃ……」
「え?あ……」
「靴もサンダルでしょ?危ないから我慢して」
「うぅ……はい……」
「それに、岩場に登らなくてもモデルはできるから」
「まだモデルするって言ってませんけど」
「こんなシチュエーション、撮るなっていうほうが無理だよ」
ちょっと納得がいかない顔で僕を見たあと、なるべくカメラを意識しないようにしたいのか、すぐに海へ視線をうつした。
海へ人々へ空へ。くるくる視線をうつす。
その度シャッターを押して、相葉さんの今を一瞬を閉じ込める。
閉じ込める、か。まるで僕みたいだ。
加奈の欲望に閉じ込められてる。そこに自分の意思はまるでない。
カメラのディスプレイで撮ったばかりの写真を確認してると、さっきまで僕の前にいたはずの相葉さんがいなくなった。
え。ちょっと。まさか岩場に登ったとか?
目を離した隙にいなくなるとか、どっかの幼児じゃないんだから……。それで怪我でもしたらどうしよう、と足が動いたとき。
「あー!不二さん動かないで!」
うしろから大きな声で呼び止められた。
驚いて振りかえると、スケッチブック片手に鉛筆を立てて砂浜に座る相葉さんがそこにはいた。
「やたら大きいバック持ってるな、とは思ってたけど……。ソレを持ってきてたんだね」
「え?当たり前じゃないですか。なんの為にここまで来たと思ってるんです?」
「…………」
「それに!今、ここでこの不二さんを描かなきゃ……あたしが後悔するって思ったんです!」
なんて輝いてる笑顔なんだろう。さっきまでの、恋しがる表情とは打って変わった顔だ。
希望とか熱意とか真剣さとか。それが全部、相葉さんの描く絵に現れているんだ。
ものすごい早さで鉛筆が進んでる。その姿に僕は目を離せない。本当は僕も……きみを捕らえたい。きみのその絵にかけるひたむきな情熱を、この手で焼き付けておきたい。
「あと一枚……いいよね?」
僕の小さく呟いた言葉は、波の音にかき消されていた。気付かない相葉さんは、ひたむきにスケッチブックに立ち向かっている。
斜め左から、熱誠に鉛筆を走らせる相葉さんを一枚撮った。その眼差しは、真剣や熱心とは言葉が合わない。
そうだ。――……愛、だ。
これが、作品に対する愛……なんだ。
「はっ!すみません、あたしばっか夢中になっちゃって……」
「いいよ、大丈夫。僕も一枚撮っちゃったからね」
「えっ?!ちょっと……!」
「でも僕、きみにモデルの許可出てないよ?」
「ぐっ……!た、確かに……!」
「お互い様。ね、ちょっと歩かない?」
作品に触れ、描いてる様を見て。素直に話したいと思った。聞いてほしいとも思った。
きみはどんな答えを出してくれるのだろう。
僕に淡い気持ちを抱いてるのなら、幻滅するかもしれない。でも、それでもいい。本当ならそのほうがいい。
「少し、話をしたいんだ。聞いてくれるかな」
「……話?」
「うん。僕のスランプの原因」
「…………はい」
砂浜から立とうとする相葉さんの手を取り、立ち上がらせる。
そのまま歩き出した。なんとなく、その手を握ったまま。
太陽が西に傾き始めた。オレンジ色になりかけてる陽は、海をまだ夏の色に染めたままでいる。
なにも言わずとも、繋がれた手からはなんとなく緊張が伝わってくる。
でも。きみに全部聞いてほしいんだ。
たとえ僕のエゴだとしても。- 32 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*