ペトルーシュカに花束を

17.



「でも……でも不二さんは、ペトルーシュカじゃないです」
「え?」
「ペトルーシュカでもピノキオでもない。一人の人間です。人形なんかじゃない」
「相葉さん……」
「不二さんの心の中。ずっとずっと色々なことに蓋をしてるなら、その心の中がペトルーシュカなんです。でも不二さんは藁人形じゃない。ちゃんと……ちゃんと人を愛すること、できます」


真っ直ぐとみつめるその視線に、少したじろいてしまう。
あまりにも純粋で、あまりにも清純で。相葉さんのその汚れのない気持ちが、今まで感じたことがなかった僕の心に素直に入りこんでくる。


「あたし、不二さんの写真好きです。綺麗で真っ直ぐで物の本質を写し出してて。初めて見たとき、信じられなかった。写真ってこんなにも表現豊かなんだって……不二さんの写真を見たおかげで気付かされたんです」
「でも……どこか冷たさを感じるのは……」
「あたしが見てそう感じたのは、大学であたしを撮ってくれたあの写真です。少なくともあの写真には愛がないなんて思いませんでした」


いけない。目頭が熱くなってきてる。こんな感情、今まで感じたことない。誰かに自分を理解してもらえたこと、自分の気持ちを否定しなくていいこと、そんなことがこんなにも嬉しいなんて。

真っ直ぐみつめる相葉さんの目にも、涙が浮かんでるのが見えた。
瞳が歪んで、余計にキラキラと輝きを放ってる。


「……ッ、あたし……!あたし、モデルやります。やらせて下さい」
「相葉さ……」
「あたしが!不二さんの写真に彩りを……不二さんが足りないって思うもの、補ってあげます。手伝わせて、下さい……ッ!」
「相葉さん……ッ」


思わず掴んでた手を引き、相葉さんを抱きしめた。自分から抱きしめたいと思ったのは初めてだった。相葉さんの両手が僕の背中に回される。こんなにも……こんなにも温かくて心が満たされていくものなんだ。

愛ってものは………………。

ぎゅっと、初めて自分の意志で誰かを強く抱きしめた。

気付いてはいけないと思ってた。誰かを愛そうなんて意味がないと思ってた。一生籠の鳥でいなければならないから、無駄な感情だと覚悟してた。

なのに――……。
なのにきみは、容易く乗り越えてくるんだね。


「不二さん、だから……愛せないなんて言わないで下さい。絶対、あたしが……」
「うん。そうしてほしい」
「……!」
「きみにお願いしたい。相葉さんにしかお願いできない」
「不二さん……」
「ありが、とう……」


腕の力を緩め、少しだけ体を離す。
相葉さんが僕を見上げ、潤う目と目が合った。
頬に手を添え指で涙を拭うと、それに甘えるかのように顔を傾ける。なんて艶かしい表情なんだろう。
少しずつ距離が縮まる。いつも乱暴に奪うキスと違い、ゆっくりと時間をかけて優しく。

その唇が重ね合おうとした瞬間。

波打ち際の大波が僕達を簡単に引き離した。
簡単に言えば、波を浴びてびしょ濡れ状態。

一瞬、時が止まって。そして一呼吸おいてから相葉さんが叫び出した。


「わ、わぁぁ〜!!ふ、不二さん!カメラカメラ!」
「大丈夫大丈夫。カバンの中だからこれくらいなら……。あ、うん。平気」
「はぁ〜……よかった。壊れたりしてたらどうしようかと思った……」
「それより相葉さんのスケッチブックは?」
「ふふふ。こんなこともあろうかと、ビニール製のトートバッグにしましたから」
「用意周到だね。僕は無防備だったって言うのに……」
「はっ……ごめんなさい」
「相葉さんが謝ることじゃないよ?僕の見解が甘かっただけで」
「や、もう!怒ってるじゃないですか!」
「アハハ!大丈夫。怒ってないよ」


さっきまでの雰囲気がまるで嘘みたいに二人で笑いあった。こんなに笑ったの、久しぶりだ。
あ、確か桃が手塚のモノマネした時かな?中学のときは乾で、高校入ったら手塚だったんだよね。
あと越前のモノマネもしてた気がする。あれも笑ったなぁ……。

そんなことを思い出してると、ズボンのポケットに入ってた携帯が鳴り出した。
これは加奈からの着信――。

出たくない、とまではいかないけど。
この今の趣を確実に壊される気がした……。

少し不安そうに見上げる相葉さんにシーッという手振りを見せて、とりあえずその着信に出ることにした。
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