ペトルーシュカに花束を

20.



正直、やってしまった感が否めない。

相葉さんをユニットバスに押し込んで一人になると、後悔という二文字が頭を巡った。

窓際の椅子に腰をかけると、一気に緊張の糸が切れて長いため息をつく。頭を抱えるってこういうことなんだろうな、とすでに自問自答を繰り返してて、出口のない迷路に迷い込んだ気分だ。

いくらなんでもホテルに二人きりって……。
きっと英二や乾が聞いたら……あぁ、喜んで話を聞いてくるだろうな。
思いついた二人が悪かった。

真っ暗な窓の外を眺めてると、頭を掠める加奈の顔。
こんなところ、加奈が知ったら発狂して大激怒するだろな……。そう思う時点で、もうこれは疚しいことをしてる、ってことになるよね。

もう迷わないって決めたのに、もう迷いそうになってるよ。


「あのぅ……出ました〜……」


自分に呆れて、思わず冷蔵庫に入ってた普段飲まないビールを飲んでたら、相葉さんがおそるおそるユニットバスから顔を出してきた。
焦ってるところなんて格好悪いから、普段通りを装って何気ない顔をする。


「よく温まった?」
「あ、はい。それはそれは」
「よかった。あ、ベッドはこっち使って?僕は簡易ベッドのほう使うから」
「え!いいですよ!」
「さっきも言ったけど、こういうときくらい優先させて。ね?」


俯きながら照れてる様子の彼女にシングルのベッドを明け渡して、僕もシャワーを浴びることにした。

相葉さんの何気ない表情や仕草が頭から離れない。誰かを本気で好きになるという初めての経験に、僕は思春期の男子かと思うほどだ。
さっきから色々な考えが浮かんでは消え浮かんでは消え。これが大人だとは思えないくらい、狼狽えてる。


「僕はどうしたいんだ……」


誰も聞いてない聞かれてない空間で呟いた科白は、シャワーによって綺麗に洗い流されていった――。





シャワーを出ると、相葉さんはさっきまで僕が座ってた椅子に腰をかけていた。
明らかに様子がおかしい。背もたれにぐったりともたれかかって、頭が項垂れている。本気で風邪でもひいたのかと思って覗き込むと、顔が赤らんで眠りについてるようだった。
規則正しい寝息が聞こえてくる。

え?もしかして……コレ、飲んだ?

さっき僕が飲んでたビール缶を持ち上げて振ると、半分くらい残ってた中身が空っぽになっている。
空きっ腹にビールなんて……二十歳そこそこの女の子がやることじゃあないよ……。

色々と押し問答をしてただけに、この結果になって思いっきり肩が落ちてしまった。
いや、結果的にこれでよかったんだな。一線を越えなくてよかったよ。……って、越えるつもりだったのか、僕は。

焦る気持ちを落ち着かせ、相葉さんを抱き抱えてシングルベッドに寝かせる。よっぽど疲れてたのか布団をかけると、それはそれは幸せそうな顔をして深い眠りに入ったみたいだった。


「ふふ、可愛い」


思わず出た言葉に自分でもびっくりする。起きない彼女の髪を梳いて、その頬にキスを落とした。
時間は夜の十時。ちょっと早く感じるけど、疲れには勝てない僕もそのまま簡易ベッドで眠りに落ちた。

その日の夢は、加奈との結婚式の夢だった。
不敵な笑みを浮かべる加奈は、今まで付き合ってきた中でも一番嫌悪感を抱かせるくらいの笑顔だった――……。
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