翌朝、いつもより早く目が覚めた。
夢見が悪かったのもあるけど、テニスをやってたころの朝の時間帯でなんだか懐かしくなる。
シングルベッドに眠る相葉さんは未だ夢の中のようで、僕は頭を切り替えるためにも少し走ろうと外に出る。走り出すと、夏の朝の空気が潮の匂いと混じって僕の頭の中をからっぽにしてくれた。
夢見が悪かったわりには、すごく爽やかな気分だ。
ジョギングから帰ってシャワーを浴びると、ようやく起きた相葉さんが窓の外を眺めていた。
昨日のトレードマークとも言えそうなポニーテールをおろしてて、どこか違う人のようにも見える。
手には例のスケッチブックと鉛筆が握られていて、こんなところでも作品を紡ごうとしてる姿に思わず感心してしまう。
「おはよう。よく眠れた?ビールまで飲んじゃって」
「はっ!お、おはようございます……。すみません、なんか勢いで飲んじゃって……。飲んだら気付いたらベッドにいました……」
「相当お酒弱いんだね。ベッドに運んでも全然反応なかったから」
「え!すすすすみません……ご迷惑を……」
「ふふ、いいよ」
「うう……。あ、シャワー浴びてたんですか?」
「うん。ちょっと走ってきたから」
「え!どんだけ早く起きてたんですか?!」
「んー……昔は結構早く起きてたからね。部活の朝練とかで」
「あぁ……なるほど」
「相葉さんこそ、朝からデッサン?」
「あ、はい。昨日の夜は景色見れなかったから……。やっぱり、キレイでした。ここからの景色も。だから描きたくて」
はにかみながら微笑む彼女に、少し心臓が高鳴った。本当、この気持ちに気付いてから僕の心臓は言うことを聞いてはくれない。
何気なく相葉さんの頭を優しく撫でると、見上げた彼女の頬が赤らんだ。その振る舞いが僕の気持ちを更に昂らせる。
あ、ダメだ。これ以上は――……。
なんとか自制しようと、荷物をまとめるフリをして離れようとした。すると相葉さんが僕の胸元に頭を預けてくる。服の裾を持って、まるで「いかないで」と語りかけてくるように。
「あの。不二さん……。あたし、不二さんに伝えなきゃいけないことがあるんです」
「……実はモデルやりたくないとか?」
「や、違います!モデルはやります!じゃなくて!あの、えっと……」
なんとなく、相葉さんが僕に伝えたいことが分かってしまった。
忘れもしない昨日の恋焦がれた表情。
脳裏に焼き付いてる西日に反射した歪んだ輝く瞳。
あぁ、僕から伝えるのではなく……きみからその言葉を聞いてしまうのか。
「あたし、不二さんのこと……好き、です」
「相葉さん……」
「あの。分かってます。婚約者さんいらっしゃる方に告白とかおこがましいって。でも。モデルを引き受けたのも、不二さんの力になりたいのも、全部全部……不二さんのこと好きって気持ちからです。好きな人が悩んでたら……なんとかしてあげたいって思うじゃないですか」
言わせてしまった。
本当なら、全てを捨ててから僕からきみに伝えるべきだった。
きみは僕を救い出してくれた人。本当の気持ちに気づかせてくれた人。僕が本当に……守りたい、人。
「だから、今……返事なんていりません。あたしがただ、不二さんを助けたいんです。好きって気持ちを少しでも不二さんに分かってもらいたくて。一方的ですけど、あたしの気持ち伝えました」
「相葉さん、僕は……」
「あの!婚約者さんと別れろーって言ってるわけじゃないんで!た、ただ……あの人のそばに不二さんがいても、不二さんは幸せになれないんじゃないかって……思ってるだけ、です」
なにも言えないであろう僕を気遣ってくれる相葉さんに、言えない僕からの気持ちを伝えたくて。
こぼれ出る愛しい気持ち、すこしでも伝わってほしくて。
相葉さんの背中に手を添え、髪を掬い、今度は誰にも何にも邪魔をされないよう、優しくゆっくりと唇を合わせた。
合わさる瞬間のきゅっと目を瞑る相葉さんに胸が踊って、そのまま長いキスを贈る。
これが本当のキス、なんだろうな……と束の間の幸せを感じていた。
もう後戻りはできない。今のこの僕の気持ちに、もう嘘はつきたくない。
迷わないって決めたからこそ、僕は今までの生活を捨てると……そう決心した――――。- 38 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*