ペトルーシュカに花束を

24.



「悪くないな、これ」


夏休み明け、課題を提出しに先生のもとへ研究室に足を運んでいた。九月に入ってもまだまだ真夏のような暑さが続いてる中、先生の研究室は冷房が効いてて、かいてた汗がすぅーっとひく。

提出した課題の絵は、あの日の絵。不二さんと……海の絵。


「お前が人物画って珍しいねぇ。描けって言っても描かなかったのに」
「や。ちょっと……心境の変化?」
「この淡い感じ。相葉の絵って分かるし、コレも今度の芸術祭にも出そうか」
「え?」
「お前は油絵専攻のホープだからな。コレかあのデカいやつ、ポスターにしたいんだよ。芸術祭の」
「えええ!」


毎年、ポスターに選ばれる作品は四年生って暗黙のルールがあったのにも関わらず、先生はあたしの作品を押してくれた。
ヤバい!めっちゃ嬉しい!!どうしよう!不二さんに連絡しなきゃ……!あ、でも秘密にしといて驚かそうかな?


「じゃあ、とりあえずコレは預かっておくよ。あっちの納得できたら教えて」
「はーい!失礼しましたー!」
「心境の変化ねぇ。彼氏でもできたんか?」
「えっ?!!!」
「ほう。図星か?あ、じゃあこの絵のモデルが彼氏なんだな?」
「ちっ、違います!やめてください!先生、それセクハラですよ?!」


茶化してくる先生は、ニヤニヤしながら「はよ行け」と言ってあたしを研究室から追い出す。
そ、そんなに分かりやすかったかなぁ……。

あたしの恋心は秘密にしとかなきゃいけない。むしろ叶わないものだと思ってる。
ただ、あたしは不二さんに幸せになってもらいたいだけ。なにも知らず閉じ込められてるのをそのまま見過ごすことはできない。

モデルを引き受けたからには、なんとしてでも幸せになってもらいたいから。
あの日、合わせた唇は……偽りのものじゃなくて、ちゃんと愛を感じた……。

不二さんの今の現状を抜け出すお手伝いができたらなって、このときのあたしは単純に思っていたんだ……。


「雫〜!課題提出できた?」
「あ、紬。うん。なんか芸術祭にもアレ出すかって。あと、ポスター!あたしの使われるかも!」
「へー!すごいじゃん!確かにアレ、すごいいい絵だったもんね。モデルあれでしょ?不・二・さ・ん!」
「ちょ、紬!」
「いーなー!私も会いたいわぁ〜次世代の新鋭写真家不二周助!界隈ではめっちゃ有名だよ?私もその端くれ……実にアンタが羨ましい」


写真専攻の紬は、あたしとは高校からの親友だ。唯一、不二さんのことを話した人物でもある。
しかも紬は不二さんのこと知っていて、密かに不二さんが載ってる雑誌とかも買ってたらしい。あたしは知らなかったけど。


「あたしは紬が不二さんのファンってことを知らなかったわ……」
「あー言ってなかったもんねぇ。雫、写真に興味ないって言ってたしさー」
「や、まぁ。そうなんだけど……」
「はぁー私にもそんな出会いないかしらぁー」
「あ、ねぇ。聞いてみよっか?」
「ん?なにを?」
「不二さんに。大学来てもらおっかって」
「え?!!」
「あたしも芸術祭の作品、見てもらいたかったし。多分学生の了承あれば入ってこれるでしょ?」
「神様仏様雫様〜!!」


やいやい言ってる紬を横目に、あたしは不二さんに連絡をとる。電話は確実にまずいだろうから、いつもメールで。
大学に来れるかどうかのメールを送ると、数分後には返事がかえってきた。
結構マメなんだよね、不二さん。お仕事や婚約者さんがいないときは、秒でかえってくることもある。


「あ。きてくれるって。んーと、今かかえてる仕事がひと段落したらいいよって。再来週になっちゃうかもってきてるけど、どう?」
「ぜーーんぜんOK〜!」


そのまま不二さんに『大丈夫です』と返信をすると、これまた秒で『楽しみにしてるよ』と返事がかえってきた。

こんな些細なやり取りがすごく嬉しくて。このときのあたしは完全に浮かれてた。
不二さんには“婚約者”がいること。あたしの立場は、“そういう立場”なわけで。それは頭の中では分かってた。分かってたはず、なのに。

このことがこの先、あんなことになるなんて……。
今はまだ、なにも知らなかったんだ――。
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