珍しく仕事が長引いた。
納期ギリギリで直しが入り、仕上げたときには締切朝になっていて、デザイン事務所からOKが出たときは思わず胸を撫でおろした。
その間、加奈はすごく不機嫌になって。
いつも仕事のときはなにも言わなかったんだけど、最近は口を出すようにもなってきた。
よっぽど先月行った海が気に入らなかったみたいで、もしかして勘づいてるんじゃないかっていう言動が増えてきてる。
おかげで離れる準備がままならない。実は引っ越す部屋も借りてきてる。少しずつ、加奈に悟られないように荷物を運んではいるけど、思ったようには進んでないのが実情だ。
「あ。今日だったっけ。相葉さんのところ行くの」
携帯に入れといたスケジュールのアラームが午前九時に鳴り出した。
大学には午後向かう予定で、加奈には前もって実家に帰ると言ってある。……嘘ではないよ?大学行ったあと行く予定だから。
実家というワードは、加奈をすんなりと黙らせるには効果的だった。言ったあとすごく不機嫌にはなったけどね。
「仕事の締め切り後、一日空けて予定しといてよかったな……」
一つ伸びをして、シャワーを浴びる。
まさか仕事がこんなに伸びるなんて思ってもみなかったから。体が怠いことに少し後悔をしつつ、僕はでかける準備をし始めた。
「初めまして!私、写真専攻の雫の友達で、大野紬って言います!不二さんの写真のファンです!」
電車の中で寝こけた午後、待ち合わせした大学で最初に挨拶したのは、相葉さんのお友達の大野さんだった。
「すみません、不二さん。紬、不二さんの昔からのファンだって言うもんで……」
「アンタが呼ぼうか?って言ったんじゃないの」
「ちょ!言わなくていいんだよ!そういうのは!」
「ふふ、大丈夫だよ。初めまして大野さん。不二周助です」
「……ッ、くぅ〜〜〜!ありがとうございます!嬉しい〜!念願叶って嬉しすぎる!」
「そんなに僕に会いたかったの?」
「いや!当たり前じゃないですか!若手写真家の中では一番有名じゃないですかっ!」
「そんなことないけどなぁ。相葉さんだって最初知らなかったし」
「あ、この子は別です。絵しか興味ないですから」
「ちょっと!紬!失礼じゃない?!」
「本当のことでしょ〜」
僕の知らない相葉さんを見られて、僕も嬉しかったりするんだけどな。
二人のやりとりをみてると、本当に仲がいいんだなって思う。高校からの親友って聞いたけど、もっと前から仲がいいみたいだ。
大野さんからポートフォリオを見せてもらいながら、本来の目的でもあった相葉さんの完成した絵を見せてもらいに教室まで向かう。
大野さんの作品は、荒削りなところもあるけどセンスが光ってると思う。魅せ方を知ってる撮り方だ。おこがましいけど僕からのアドバイスを話すと、大野さんは丁寧にメモにまとめている。
こういう素直なコは、将来伸びる。数年後が楽しみだ。
「……で、ここで少し焦点をずらすと……」
「あー!なるほど!こうすると、写真の向こう側の見せたいモノが見えてきますね〜!はー、すごい。ためになる……」
「そんな。逆に僕なんかのアドバイスで大丈夫かな?」
「いやいやいや!むしろ有難いことですよ!」
「ふふ、ありがとう。僕も嬉しいよ」
「くぅーッ!こっちこそありがとうございます!ありがとうございます!」
「はーい。着きましたよ〜。コレです!」
教室に着いて大きいシーツのような布に隠されていた相葉さんの絵が、バサッという音とともに姿を表した。
数ヶ月前とは違う表情を魅せる。
これが完成した絵……というものなんだ。すごく圧倒される。
淡い色使いは、相葉さんの絵の特徴なんだと大野さんから教えてもらった。淡いのにきちんとハッキリとした色も使い、一筆一筆描かれた色が主張をしてる。
素人目でみても、すごくいい絵だと思った。
「何枚かいいかな?」
「はい。大丈夫です」
「いやー圧巻だねぇ〜!雫の絵って」
「それ程でもあるよ〜」
「自分で言うなし」
完成された絵を何枚か収め、ついでに相葉さんも入れた写真も撮る。
絵に向きあう相葉さんは、緊張した顔をしてカメラに収められていた。見るからに可笑しくて、ファインダー越しでもディスプレイ越しでも思わず笑みがこぼれる。
「ぷぷ!雫、緊張してやんの〜」
「うっさいな!仕方ないじゃん!」
「へーへー!分かりましたよっ!私がいると余計に緊張しちゃうだろうから先に帰るわ。私、このあと授業ないからさ」
「えっ?!!」
「じゃあ、お近付きに大野さんも相葉さんと一緒に写る?」
「え!いいんですか!やった!」
相葉さんの絵をはさんで、二人が腕でハートマークを作る。たった四つしか変わらないのに、若いコはとても発想豊かだ。
それを撮るととても喜んでくれて、あとで相葉さんに写真を送る話をすると大野さんはスキップしながら教室を後にする。
改めて二人きりになる教室。
この状況に、胸が高鳴るのは不謹慎かな?でも、嬉しくて隠せないでいるんだ。顔が勝手に綻んでしまう。
まだ、少し緊張気味の相葉さん。きょろきょろして、どうしていいか分からないって顔に書いてある。
そんな一つ一つの挙動が可愛くて。あぁ、このままずっとこの時間が続けばいいのにって、らしくないことを思ってしまう。
「あ、そうだ。相葉さん、このあと暇?」
「え?」
「実はこれから実家に行くんだけど、よかったら一緒にどう?」
「えっ!!!」
「前に話した甥っ子。会わせたいなって思ったんだけど……」
「わぁ〜!って、行きたいんとこなんですけど……今日はバイト入ってて無理なんですぅ……。うぅ、会いたかった」
「それは残念。じゃあ、また今度だね。家族に話しておくよ。相葉さんのこと」
「えええ……なんて言うんですか……」
「ふふ、秘密」
そこで、荷物の中の携帯が鳴り出した。
この着信音、加奈からだ。最近は加奈からの着信は全部嫌な予感ばかりしてしまう。
「大丈夫ですよ?出てください」
「ごめん。ちょっとだけね」
「あたしにまで気を使わないで下さいよ」
ふわりと微笑む相葉さんの頭を、そっと撫でながら電話に出る。
やっぱり嫌な予感は当たったんだ――。
通話早々、電話の向こうで金切り声が聞こえてきた……。- 42 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*