ペトルーシュカに花束を

34.



「ですから。事実無根です」
「そうは言ってもねぇ。火のないところに煙は立たないって言いますからね。そこのところ、先生はどう考えてるんですか?」
「いや。昨日も言った通りですよ。きちんと選考した上で相葉の絵を選んでますし、それは大学側もOKしたことでしょう」
「つまり、選ばれたのは彼女の実力でそこに贔屓はない、と……」
「そうです」


次の日、あたしは大学の学生課の事務室まで足を運んでいた。もちろん、先生といっしょだ。
ひとまず、この問題は学生課預かりになったみたいで、酷くなるようなら更に上の人達が出てくるらしい……。
なによ……なんのミッションだ、これは。更に上なんて出てきたら、親呼ばれるレベルになりそう……。それだけは勘弁してほしい……。


「まぁ、いいでしょう。芸祭に関しては総務のほうも動いてくれるそうなので、いずれ沈静化すると思います。あと相葉さん」
「は、はい」
「もう一個のほうの噂についてなんですがね」


思わず体が強ばった。こっちも弁明しなきゃならないのか……。昨日、周助さんに電話したら「気にしないで否定して?僕は大丈夫だから。雫を優先してよ」と優しい言葉を投げかけてくれた。

それはもちろん嬉しい。
嬉しい……んだけど。

こういう関係って、第三者から見たら悪でしかないんだよね……。当たり前だけど。


「きみ……なんか不貞行為働いてるって言われてるけど、どうなんですかね?」
「し、してません」
「本当に?じゃあ、ただの嫌がらせなんですかね?」
「あ、当たり前じゃないですか!そもそもあたし嫌がらせされる覚えがないんですけど」
「……大学のメールに、こんな物が届きましてね。きみの不貞行為に対する内容だよ」
「……え」


一枚の紙切れを差し出されて手に取った。先生も一緒になって覗き込む。いや、先生見なくてもいいんじゃないの?


『油絵専攻三年の相葉雫は、婚約者がいる写真家と数回に渡り不貞行為を行っている。目撃者もいる。大学生という身分で、婚約者がいる人とそういった関係を持つことを大学では良しとしてるのか?処分を求む』


…………思わず目の前が真っ白になる。これなんなの?!な、なんでここまでハッキリ内情が知れ渡ってんの?!!


「相葉、お前……。できた彼氏ってそーゆーヤツだったのか……」
「ちょ、先生?!やめて下さい!違います!」
「ほう。彼氏いるのに不貞行為ですか」
「ちちち違います!不貞行為なんてしてませんし、彼氏なんていないです!」
「え?じゃああの海の絵の男って誰なんだよ」
「先生ッ!!!!!」
「とにかく!」


さっきから尋問してる学生課の主任さんが机を叩いた。部屋にバンッと、音が大きめに響く。


「この噂が沈静化するまで、相葉さんは謹慎処分と致します。課題等の提出はありますので、毎日メールに目を通しておいて下さいね」


目の前が真っ暗……だ。
まさか、こんなことになるなんて。不貞行為に関しては、あたしが確かに悪いけど。誰がどこであたし達を見てたのかもわからない。知ってるのなんて紬ぐらいだし。

自分に向けられてる敵意が、全く目に見えないもので背筋が寒くなってくる。

今日から謹慎とあたしは言われ、学生課の事務室を出た。先生は意外と平気そうだったけど、「すまんな」と別れ際に一言。そのまま研究室に戻っていった。あたしは茫然自失になりながら紬の待つ学食に向う。


「雫!」
「あ、紬……」
「……どうだった?」


学食に着く手前で、紬と合流。事の顛末を話すと、あたしの背中を撫でながら「帰ろ」と言ってくれた。

落ち込んではいるけど、なぜか不思議と冷静だった。そして色々と考えを巡らせていく。

……学校に届いたメール。的確に周助さんのことを指していた。いや、婚約者のいる写真家なんていっぱいいるかもしんないけど……普通そこまでわかるもんなの?

そうなってくると、自然と一つのことに辿りつく。

婚約者さんに……バレてる?


「雫、大丈夫?」
「……ん?あぁ、うん。平気。ごめんね、心配かけて」
「いや、私は平気だけどさ。雫が一番辛いよね。言われようのない噂で傷付いて」
「ううん。まぁ、ビッチとか贔屓とか別にそんなのはどうでもいいんだけど。真実じゃないし。ただ……ね、周助さんのこと考えると、ね」


そう。周助さんのことを思うと……このままでいい訳ない。
この噂で、万が一周助さんの経歴に傷がついてしまったら。あたしはそれこそ立ち直れない。

あたしはそんなこと望んでない。

取るべき術はただ一つ。
頭ではわかってる。

……でも。それでも。
諦めたくないんだ。この気持ちに……。

このどうしようもない想いにあたしは。
冬が近く高くなった空を、ただ見上げることしかできないでいた――……。
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