ペトルーシュカに花束を

36.



夜、八時。
外で打ち合わせの仕事が終わって、自宅マンションに着いた。
加奈と冷却期間を設けてから、ここぞとばかりに荷物の移動をしていて部屋は大分スッキリしたと思う。

荷物を置いて雫にいつものように電話をしようと、携帯を取り出した。
今日は打ち合わせが長引いて、なかなか携帯を見る時間がなかったんだ。
この時間……寝てはいないだろうけど、お風呂入ってたりして出ないかな?


「あ、れ。メール……?」


雫の自宅謹慎。完全に僕のせいだ。
だから雫には気にしなくていいと言ったんだけど、気にしてしまう性格なのは理解してる。
相当落ち込んでて、バイトも辞めたと話を聞いたときに雫は「なにがあるかわからないから、会わないほうがいいです」と僕に告げてきた。

会わない選択。
僕からはなにも言えない。
こういった形できみを巻き込んでしまったこと、それだけは後悔してる。

ただ、こうやって会えない時間。
胸が痛くなるときがある。
会って触れたい。
きみを感じたい。
そんなことばかり考えていて、今更ながらこれが恋なんだな……なんて、実感することが多い。


「……ゼミの課題の追加分?そんなのあるんだ……」


メールでは同級生から課題を受け取るために家を出た、って書いてあって。
メールが届いたのは夕方の四時。さすがに帰ってるはず。
すぐ雫に電話をかける。コール音がしない、と思ったら次には『おかけになった電話は、電波の届かない場所か……』とお決まりの音声音が流れた。

自宅謹慎になった今、雫は基本的に電話にはすぐ出てくれてた。
単純に電池が切れて充電してない、なんてことはないだろう。
電話が繋がらないということは、これは……。

だんだんと不安な気持ちが襲ってきて、嫌な汗が出始める。
あの加奈のことだ。どの道なにかしら手は出してくるはず。ただ、その手の出しかたに不安は残る。
SNSの炎上。あれはおそらく加奈によってだ。
加奈がつるんでる男達を使えば、造作もないだろう……。

直接、雫に手を出すとしたら……。

そこで手に持ってた携帯が震える。メールの通知だ。


『不二さん、すみません。充電がなくなっちゃって……。今は家にいるので大丈夫です!』


雫からの突然のメール。
電話じゃなくて……メール。
たった二行ほどの内容に、僕は携帯を強く握りしめる他にできないでいる。

気持ちを落ち着かしてから、少し間を置いて電話じゃなくそのメールに返信をする。
そのほうが都合がいいからだ。


『そっか。よかったよ、安心した。ところで、モデルの件なんだけど……都合いい日はある?』
『すみません!今、家にお母さんがきてて。私が謹慎って聞いてきたんです!しばらく無理そうなので、他の人探せませんか?』


……そうか。やっぱり、きみは……。

できれば違うと思いたかった。
ただ、もしかしたらとは思っていた。
その気持ちは正直五分五分で。こんなことしないでくれと祈るしかなかったんだけど。


『そうか……。なら仕方ないね。他をあたるよ。今までありがとう』


僕はそう返信してから、もう一つの……昔の携帯を荷物から取り出す。ネット専用のSIMを入れてるから、通話はできない仕様だ。


『悪いけど、今からこれる?』


一言メールを送ると、数分後には『OK』と返信があった。早すぎて大丈夫かと思うくらいだ。
そこから僕は、メインの携帯で電話帳から加奈を呼び出した。もう履歴には残ってないくらい、加奈とは連絡を取ってなかった。

そう、ちゃんと話をしなければ。
きみがどう考えてるのか。ハッキリさせなきゃいけない。
そして、僕が取るべき行動はただ一つ。


「あ、加奈?久しぶり。ところで……今から会えない?」
- 53 -
*prev | *next
*Sitetop*or*Storytop*