ペトルーシュカに花束を

37.



「…………ここは……」
「あら、気づいた?」


周助の浮気相手、相葉雫を攫ったのはわけがあったの。

周助に諦めてもらうため。
そして、コイツがあたしには勝てないって分からせるため。

だって当たり前じゃない。あたしという相手がいながらこんな小娘に浮気なんて。
どこがいいのかしら、こんなへんちくりんなチビ。
周助の人を見る目も衰えたのかしらね?


「ここはねぇ……あたしの家の別宅ってとこね。パパが昔に買ったとこなんだけど。海が近いからってこんな辺鄙なとこに建てて、一回使ったきり。手入れだけはしてたから住もうと思えば住めるわよ?」
「……あなたは……婚約者、さん?」
「あぁ、知ってたの?あたしが周助の婚約者だって」
「……まぁ、お噂はかねがね」


第二の女のくせに余裕綽々って顔がムカつくわね。
もうちょっと焦りなさいよ。
意外とへこたれないのよね。せっかくSNSで炎上させてやったのに。
大学の学生何人か握らせて噂まで流したのに、コイツ本当に気に食わないわね。


「……で、あたしをここに監禁して、なにをしたいんですか?」
「ふふ、監禁ねぇ。まぁ、率直に言えば邪魔だからよ。アンタが」
「そうでしょうけど。ここまでしますか?」
「アンタが周助の目の入るところにいたら、あたしの人生計画が崩れるの」
「人生……計画?」


わけが分からないって顔してるわね。

あたしはかけてた椅子から立ち上がり近づいた。
連れてきたときに一応手足は縛っておいたのよ。逃げられても困るからね。
逃げても帰れないと思うけど。

床に這いつくばってるこの女を見てると、立場の違いにゾクゾクするわ。

あたしは女の髪を掴んで、引き寄せた。
長い髪ってこうするためにあるのね。ふふ、アンタの髪が長くてよかったわ。


「……ッ!」
「あら、痛い?でも、アナタが悪いのよぅ。あたしの玩具に手ぇ、だすから」
「玩具……って、周助さんは人ですよ?モノなんかじゃない」
「やめてッ!!!」
「……ッ、たっ……!」


その口から、周助の名前を呼ぶなんて。
汚らわしい。あたしの人形が汚れるじゃないの。
腹ただしくて、思いっきりその髪を引っ張りあげた。漏れるうめき声。いいわね、いい声でるじゃない。


「アンタ……人のモノを勝手に名前で呼ばないでくれる?立場、わかってんのかしら。アンタには“周助”なんて呼ぶ権利なんてないのよ?」
「あ……ぅ……ッ!」
「人のモノ盗むヤツは教養とかないものね。本当、頭悪くてやんなっちゃう。……まぁ、それも今日で精算させてあげるわよ。コレ、なんだかわかるかしら?」


髪を掴みながら、女の目の前に一台の携帯を取り出した。
痛そうにその携帯をみつめて、急にはっとした顔をする。
そうそう。その顔。そういう顔もいいわね。絶望に近い表情してて。


「あ、あたしの……携帯……」
「そうよ〜。周助、どうも家に帰ってきたみたいだからメールしてあげる。アンタがするんじゃないわよ?あたしがするんだからね?」
「や、やめ……て……」
「口答えすんなっての!これ以上すると髪の毛抜けるわよ?」
「ぅ、あッ!!!」


さらに髪を引く。ブチブチ、と何本か抜ける音があたしの耳にも聞こえてきた。手を離すと、ヒラヒラと何本か髪が落ちていく。
これくらいなら平気でしょ。ごそっと抜けたわけじゃないし。

電源を入れて数行のメールを周助に送る。と言うか、やっぱりやり取りしてたのねぇ。周助の携帯にひとつも残ってなかったから、おかしいとは思ってたんだけど。
こっちの携帯にはバッチリ残ってるわね。
なによ、甘い言葉なんて贈りやがって。あたしにはそんな言葉贈ったことなんてないじゃない。
バカにしてるわよね、あたしのこと。


「あ、今までありがとうですって!モデルの件は断っておいたから。ようやく諦めたかしら?」
「そんな、勝手に……ッ!」
「はぁ?勝手?!アンタがそんな口、聞けると思ってんの?!」



頭にきて、思わず蹴っ飛ばした。
あたしが蹴ったぐらいじゃあなんともないんでしょうけど。お腹に当たったもんだから、短く唸ってるわ。
でも、それくらいじゃあ……あたしの気は休まらない。こんなもの、あったらまたコイツは周助と繋がってしまうもの。


「コレ、もういらないわよね?アンタ、周助ともう会わないもの」
「ぅ……な、なにする……」
「こうしてあげる」


カバーを外した携帯を床に叩きつけた。
ガシャン、と音をたてて転がっていく携帯。画面が割れてるわ。
これくらいじゃ壊れないだろうから、ヒールで思いっきり踏んでやる。
今度はグシャ、とした音が響く。女のほうを見ると、絶望に打ちひしがれた顔をしてる。そこであたしは、ようやくひとつ満足した。


「ひど……」
「酷いのはどっちよぅ?アンタがしたのはこういうことよ?」
「……ッ!」


すると、肩からかけてたバックから携帯が鳴り出した。
画面を見ると電話をかけてきたのは周助。
思わず笑いが込み上げてくる。


「ふふふ、周助はわかったみたいよ?どっちがいいのかって」
「え?」
「あたしに電話かけてきたんだもの。アンタよりあたしを選んだってこと。当たり前でしょうけどね。アンタなんか選んだってなんの得もないもの。……もしもし?」
『あ、加奈?久しぶり。ところで……今から会えない?』


翻して周助からの電話に出る。
久々に聞く周助の声。
なんだか初めて愛しい気持ちになったわ。
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