加奈を電話で呼び出してから一時間。もうすぐ十時になろうとしてた。
ソファに座って携帯を眺めてたとき、僕の部屋に普段と変わらない加奈がやってきた。
「待たせたわね。出先だったから遅くなったわ」
「……いや、いいんだ。急だったからね」
「ところで、なぁに?気が変わったのかしら?冷却期間の終わり?」
「うーん……まぁ、それは追々話すとして。実はさ……」
色々と考えてることはある。
どんな風に話せば、きみは理解してくれるのだろうと。
正攻法でいっても、きっと加奈は反発するだけだから。自分の思い通りにいかなかったとき程、なにをしでかすか分からない……。
そこだけは何年も付き合ってきて唯一理解に苦しむ部分だったな。
ソファを立った僕と入れ替わって、そこになだれ込む加奈。
相当急いできたんだろう。普段通りといえど、服に多少の乱れがみれた。いつもだったら有り得ないこと。
僕の前では完璧でいたい加奈の、初めての綻び。
僕はそこを見逃すようなことはしないよ?
「なによ。どうしたの?」
「実は……コンテストの写真を撮る絵がなくなっちゃってね。描いた人に急に断られたんだ。被写体もなくて困ってるんだよ」
「………………そうなの」
見えてるよ?加奈。
モデルがいなくなったって言った瞬間のきみの表情。ニヤリ、という言葉でも勿体ないくらいの……醜い顔をしてる。
僕の胸中の疑念が確信に変わった瞬間だ。
思わず、その顔立ちに軽蔑の眼差しで加奈を見つめてしまう。
「そこで、今年のコンテスト出るのやめようかと思ってるんだ。加奈との結婚式もキャンセルしようかと思ってて」
「…………………………は?」
「はっきり言おうか。別れよう、加奈。きみの名声もこの家も、きみのおかげで手に入れたこの生活も。全部捨てる覚悟はできた。別れてほしいんだ。僕と」
歪んだ顔は、憤怒のごとく更に歪んで。
みるみると赤くり、まるで鬼か悪魔のよう。
立ち上がった加奈は、ソファにあったクッションをまるで子どものように僕に投げつけてきた。
投げられたクッションをかわすと、加奈は息荒く僕を睨んでくる。
「どういうことよ……。なんで別れるって選択になるわけ?!どれだけアナタに尽くして……」
「尽くして?尽くされてるって感じたことはないけど。強いて言うなら金をかけたって感じじゃない?」
「それがどうしたのよ!一緒でしょ?!」
「自分のステータスを維持するために、エステに通うような感覚で僕にお金をかけてたんでしょ?そんなの僕は望んでないよ」
「はぁ?!なによ!それのどこがいけないわけ?!いい加減にしなさいよ!」
「いい加減にしてほしいのはこっちだよ?僕の希望なんて一ミリも通したことがないくせに」
別に今まで反抗したことがなかったわけじゃない。
ただ、いつしか反抗することに疲れてしまって。
加奈の言いなりになっていれば楽なことに気づいてしまって。
ここまではっきりと自分の意思を示したのは、多分初めてのこと。
加奈は僕とここまで対立する、なんてことなかったからか、明らかに動揺してる。
歪んだ顔のまま、次はなにを言おうかと悩んでるようだった。
「……ひ、被写体がいないって言ったわよね!いないなら、あたしをモデルにすればいいじゃない!そうしたらコンテストだって大丈夫だし、別れる必要がないわよ!」
あくまでも自分はなにも知らないていで話を進めるんだね。
本当にきみは……。
自己中心的で。
計算高くて。
自分に酔っていて。
自分が正しいと疑わない。
あの日、あのとき。きみの告白を受けた日。
あれが僕にとって一番の汚点だ。
そういえば、英二に忠告されてたな。上手くやるつもりだったのに、いつの間にかそんなことも忘れていたよ。
「無理だよ、加奈。もう無理なんだ。価値観がこんなにもズレてる僕達は、一生添い遂げるなんて難関すぎる。モデルもこれからの結婚生活も、きみと歩める気がしない。僕の道に、悪いけど加奈はいらないんだ」
目を見開いて、まるで信じられないと……愕然とも狼狽ともいえる表情をみせる。
さっきまで赤かった顔色は、今やすっかり青色にまで変化していた。
「……ッ!そ、そんなにあの女がいいんだ」
「……なんのこと?」
「知ってるのよ、周助!あなたが浮気してたってこと!あたしを差し置いて……あたしを傷つけておきながら婚約破棄ですって?!そんなに別れたいのなら、慰謝料請求してやるわよ!」
最後の切り札とも言える、加奈にとっては僕を玩具に戻すための手なのだろう。
確かに雫のこと、加奈に知られては雫を守るために僕はきみに屈するかもしれない。
けど。
手の内は多いほうが有利なんだ。
きみは僕という人間を、あまりにも知らなすぎる。
こんなにも一緒にいた時間が長いのに。
屈するのはきみのほうだよ、加奈。- 55 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*