ペトルーシュカに花束を

39.



「……慰謝料、ね」


僕は加奈に近づきながら呟いた。
体が強ばる加奈は、僕を上目遣いしながら睨みつける。


「だったら、僕も請求できるんじゃないかな」
「は?負け惜しみ?」


加奈の顔色は変わらず、焦りの色も見える。
なのに、ここまできてもシラを切り通すんだね。
大丈夫。僕は全部、知っているんだ。

きみが今までしてきたこと。


「……バレてないとでも思った?きみがしてきたこと」
「…………は?」
「もう何年も欺いてきたのは、きみのほうだろ?」


いつかこういったときの為に、とっておいたもの。
出すことはないだろうと思っていたけど、こんなところで役に立つとはね。

僕はジャケットのポケットから、何枚か写真を取り出した。
加奈と複数の男たちとの写真。
もう何年も男が変わる度に撮りだめしといたものだ。
車に乗り込むとこだったり、キスしてたり。
さすがに情事の写真はないけどね。
これを撮ったとき、なんの感情もわかなかった。
やっぱり、とか……なんで、とか。全く一切なんの疑問にも思わなかった。

きみの人形として、心まで奪われてたから。


「……な、に、これ……」
「きみが僕を欺いてた瞬間だよ。よく撮れてるでしょ?」
「なんで……いつから……」
「いつからって。それを加奈が言うの?初めから僕に恋愛感情なんてなかったくせに」
「ち、ちが……」
「僕はきみのお飾りだった。違う?インスタのキラキラした生活自慢も、きみにとって僕はただの装飾にしかすぎないよね」
「……ッ。し、知ってたの……」
「当たり前じゃない。僕は加奈の玩具だって、付き合いはじめた頃から思ってたよ。最初は抗おうと必死だったけどね」


パラパラと加奈の前に写真を落とす。すると加奈は慌ててひざまつき、写真を拾いながら僕を見上げた。

…………いつもと立場が逆転してるね?
いつも見上げてたのは僕だった。
自由になることを諦め、きみの人形で玩具でいることが僕の生きる術だと思っていた。


「このまま素直に諦めてくれたら、もうなにも言わないよ。なにもしない。あと……」
「……ッ!」
「その指輪を外して、雫の居場所さえ教えてくれたら、ね」
「な、なんのこと……」
「指輪は僕が贈った物ではないけどね。そこにあること自体、気分が悪いんだ。それに、きみが雫をさらったんでしょ?」


跪いた加奈の体が震えはじめた。
もう言い逃れることもできない事態に、俯いて為す術もない状態だ。

ダメ押しでもう少し、きみに手の内を明かしてあげよう。


「加奈。僕の携帯に細工しただろ?なにをしたか……覚えてるよね」
「…………な、なに、」
「僕の居場所、きみは手に取るようにわかってた。僕が疑問に思わないとでも?」
「……ッ!」
「だから僕もね。きみと同じように雫の携帯に細工したんだ。あ、もちろん雫の了承済みだよ?きみとは違ってね」
「そ、それがなんで、あたしがさらったって話になるのよ……!」
「きみのことだ。僕の好きな人なんて、すぐ調べられただろう。顔と名前さえ把握すれば、あとは簡単だよね?雫への嫌がらせ……あれはきみが仕組んだことだ」


芸術祭の日。
実は加奈があの日来ていたのはわかっていた。
雫の描いた、海の絵。アレを見られては勘のいい加奈のことだ。僕のことを一気に黒と思うだろうと思っていた。

だから、見せたんだ。
きみと僕の関係を終わらせるために。

どこかで見てるだろうと、雫と小指同士絡ませたんだ。

雫には危ない思いをさせてしまうかも、とあの泊まった夜に話をした。
あのコは強い。加奈とは違う心の強さを持っている。

だから――……その強さに、僕は全てをかけたんだ。
きみを泳がせて、尻尾を出させるために。


「夕方、課題をもらいに行くとメールをもらったとき。その数十分後の居場所は、ブランドショップが建ち並ぶ雑居街だった。雫から居場所の通知がきてたからソレは確実。定期的に雫の居場所が僕の携帯に届くようにしてあるんだ」
「………………」
「もちろん、電源が入ってなければできないことだけど。メールの文面だって、きみが考えたことだよね?“不二さん”なんてここ最近、雫は使わないしなにより……実は雫にはお母さんがいないんだよね。父子家庭なんだ」


ここまで言われて、加奈は顔を上げた。
顔面蒼白……僕が本気で怒ってること、ようやくわかったようだね。

もう敵わないと悟ったのか、加奈は這いつくばいながら立ち上がって玄関まで走り出した。
逃げだすかな、とは思っていた。ただそれを僕はそのまま見送る。

雫の居場所、教えてもらうためにもね。
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