「そういえば、ここに家を建てたって加奈のお父さんから聞いてたな。まさかここに雫を連れてくるなんてね」
静かにそれはゆっくりと。周助さんの声があたしの耳にも届く。
白い光が消えて、ゆっくりと歩きだす。コツコツと、靴の音が部屋に鳴り響いた。
謹慎処分を受けてから会えてなかったから、数週間ぶりにその姿を見た。
会いたかった。すごく。すっごく。
こんな形じゃなく、本当なら普通に。
なんだかホッとしたのか、目の奥が熱い。
でも、今は泣いてなんかいらんない。
あたしはグッと泣くのを堪えて、周助さんのほうを見据えた。
「周助さん……!」
「ごめんね、雫。待たせたね。怖かったでしょ?」
「ちょ……な、なんでここが……!」
男の人と婚約者さんは、周助さんのほうを向いて呆然と立ち尽くしている。
婚約者さんの握りしめた手が、フルフルと震えてるのがわかった。
「加奈は気づかなかったんだね。自分の携帯に細工されたこと」
「まさか……」
「どう?自分がやったことをされるのって。どんな気持ち?」
「……ッ、周助ぇ〜〜ッ!!」
「さしずめ、飼い犬に手を噛まれたってとこかな?怖い顔しちゃって」
「アナタ……あたしになにしてるか、わかってるの?!!社会で生きていけなくなるわよッ!!」
「それはどっちかな?」
不意に周助さんが後ろに視線を落とす。
あたしを含めて入口に注目すると、ビデオカメラを構えて眼鏡をかけた背の高い男の人が手を振っていた。
「拉致監禁に、雫の格好を見ると婦女暴行……もかな?立派な証拠になりそうだよ」
「い、乾君?!なんで……!」
「乾に協力してもらってたんだ。覚えてるでしょ?お兄さんの創業パーティー。乾はお兄さんの会社の社員だよ。これがどういう意味だか……わかるかな?」
「…………ッ!」
「お、おい!加奈……。どーすんだよ……」
「クソッ!!」
婚約者さんがあたしに勢いよく向き直り、思いっきり睨んできた。今にも噛みつきそうな獣のような目付き。ゾクリ、と背筋が寒くなった瞬間。
婚約者さんがあたし目がけて向かってきた。
手には、肩からかけてたバックに忍ばせておいただろうナイフを持って。
「……雫ッ!」
「お、おい!加奈!な、なにすんだよッ!」
「こないでっ!き、きたら……このコ刺すからね……ッ!!」
髪を捕まれて、膝から崩れ落ちることは許されなかった。
中腰で髪が引っ張られる痛みから、なんとか逃れようとしてみる。けど喉元にナイフを突きつけられて、たじろぐこともできない。
「い、た……ッ」
「う、動かないでよ!」
「加奈……」
「周助。周助が悪いんだからね?あたしをフッたり浮気するから。ただ、あたしの玩具でいればいいのに。だからこんなことになったのよ?」
「加奈、こんなことしても意味がない。きみの過ちが増えるだけだ」
「うるさい!うるさいうるさい!アンタ、周助取り押さえてッ!」
慌ててあたしをさらった男の人が、周助さんに向かっていった。
周助さんはそれをヒラリといとも簡単に躱すと、男の人が前につんのめって倒れそうになる。
「おっ、と、てめっ……!」
「こういうの、得意ではないんだけどな」
倒れそうになった男の人の腕を掴み取って、後ろに引き上げた。ギリッ、となにかが軋むような音が聞こえてきて、痛みに顔を歪ませた男の人はそのまま床に激しく倒れ込む。
「ぐ、あ……ッ!折れる折れる折れる!」
「このくらいじゃ折れやしないよ。大丈夫、保証するから」
「保証ってなに……い、いててててて!いてぇ!」
「ほら、不二。縛るもの」
「あ。ありがとう、乾」
男の人の腕を背中に回して、渡された紐で両手首を縛った。拘束を解かれる前のあたしみたいだ。
「ちっ……!」
小さく舌打ちをする婚約者さん。
ナイフが下にさがってきてる。握られてる髪もだんだん緩くなってきてて、するすると髪が落ちてきてた。
ゆっくりゆっくり、気付かれないように。
床に自分の手を這わした。ある物を取るために。
そう、今度はあたしが頑張る番だ。- 59 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*