ペトルーシュカに花束を

43.



僕が男を縛ったあと、乾がズルズルと引きずりながら外に放り出してくれた。
なんか色々と文句言ってたんだけど、乾が着てたコートからなにやら深緑色の錠剤みたいなのを取り出して、男に飲ませたんだよね。
声にならない叫びを上げて、大人しくなっちゃった。


「……なにそれ?」
「俺が昔に作った乾汁の改良型タブレットだよ。滋養強壮にいいハズなんだけど」
「まだ作ってたんだ、乾汁」
「手塚と越前にあげようと思って」
「あげたら連絡してよ。僕、絶対その現場押さえるから」


まずは一人、邪魔者がいなくなった。
僕は加奈のほうに向き直る。ビクリ、と大きく反応をした加奈の表情は険しい。


「さぁ、その手を離して。もう抵抗するだけ無駄だよ?」
「……ッ!こ、このコに傷を付けたくなかったら、さっきの写真のデータ消して、あたしと復縁するのよ!浮気は見なかったことにしといてあげる!そのほうがアナタの将来のためでしょ?!」
「……加奈」


軽蔑の眼差しで一瞥する。
加奈は更に力を込めて、雫の髪の毛を引っ張りあげた。鈍い唸り声をあげる。

これ以上長引かせるのはまずい……。
雫の表情からも苦衷の色が見てとれる。
僕が一時の我慢をすれば。雫も傷付かず戻ってこれるのならば。

離れる、と決心したハズなのに心が揺らぐ。
そんな様子を見てた雫が、掠れた声で僕をつなぎ止めた。


「だ、だめです……周助、さん。あ、あたしは……大丈夫、ですから……」
「アンタ、まだそんなこと……ッ!この状況がわかんないのかしら!痛い思いするわよ?!」
「う、あッ!」
「雫!!」
「あ、あたしは……人を玩具扱いするような自分勝手な人なんかに負けません」
「こ、この……ッ!」
「雫――……ッ!!!」


加奈が手にしたナイフを振りかざしたときだった。

いつの間にか雫の手に握られた一丁のハサミ。
刃が大きく開いていて、加奈が握りしめてた髪の毛に雫はそれをあてがった。

あてがわれた瞬間、ハサミが勢いよく閉じられる。バラバラと雫の長い髪の毛と共に体が床に沈んでいった。


「雫!!!」


すかさず雫を引っ張りよせて抱きしめた。
加奈の振りかざしたナイフは空を切り、体が大きく回転して床に倒れ転ぶ。


「雫!大丈夫?!」
「だ、大丈夫です……大丈夫ですから」
「もう……なんて無茶を……」
「周助さんが頑張ってくれたから、あたしも頑張んなきゃなって思ったんです」
「僕はなにもしてない……きみを危険な目にあわせてしまった……本当にごめん」
「もう!謝んないって約束してたじゃないですか。許しませんよ?」
「それに髪の毛だって。あんなに長くてキレイだったのに」
「アレは切るのが億劫で伸ばしてただけですから。気にしないでください」
「……ッ、雫……」


強く、今までにないくらい強く雫を抱きしめた。
「うぅっ」なんて、あんまり可愛くない声出してたけど、もうそんなの気にならなくて。
ただただ、この腕に雫を抱きしめられたことが嬉しくて安心して。
目の奥が熱くなる。この溢れる気持ちを、言葉にすらできない。
それを察してか、雫も腕を背中に回してくれた。ふわりと鼻を掠める雫の匂い。


「もう、大丈夫です。あたし、ここにいます。周助さんのそばに」
「……怖かった、よね」
「怖くなんてないですよ?周助さんが助けにきてくれるのわかってましたから」
「本当にきみはもう……」
「お楽しみのところ悪いんだが、警察呼んだからもう時期くるぞ?」
「わぁああッ!」
「あ、乾」


後ろからビデオ片手に乾が顔を覗かせた。遠くでサイレンの音が響いてる。確かに警察は近くまできてるようだ。
雫を抱きしめられた安心からか、すっかり乾のことも加奈のことも頭から抜けていた。

なんのためにここまでしたんだ、僕は。


「くっ……ッ、しゅ、うすけ……」


倒れた拍子で一瞬気を失ってた加奈が、よろよろと起き出した。手にしてたナイフを握りしめ、僕達のほうに近付いてくる。
既に立ち向かえる程の力はなさそうなのに、その瞳は恨み辛みがこもったように睨んでる。


「よくも……よくもあたしをコケにしたわね……!見てなさい!アナタの成功なんてさせてやらないんだから……ッ!後悔させてやるッ!」
「後悔するのはきみのほうだよ。この状況でよく立ち向かおうとするね」
「アナタはあたしの……あたしの人形なのに!ずっと人形でいてくれてたじゃない!あたしのために、ずっと!ずっと!なんなのよ!」
「人形でいたからこそ、雫と出逢えたし一番大事なことにも気付けたけど……。本当の僕に気付かせてくれたのは雫だ。僕を玩具のように扱うきみには理解できないだろうね」
「……ッ、なんなのよ……。あ、あたしの計画が……。あたしの勝ち組計画が……ああああああああッ!!」


家の前にサイレンを鳴らしたパトカーが到着して、警官がナイフを握って項垂れ泣き叫んでる加奈を取り押さえた。

全てが終わった。そう、全部。
これでいいんだ。これで――……。


「周助さん……」
「雫……終わったよ。本当に全部。きみのおかげで――……」


これで本当の自分になれる。
僕はギュッ、と雫の肩を抱き寄せた。
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