ペトルーシュカに花束を

44.



――……十二月末。
あの事件から数週間が経って、ようやくあたしも周助さんも普段の生活を取り戻してきた。


「ねぇ、雫。そろそろモデル……考えて欲しいんだけどな」
「……あ!そうですよね。エントリーって来月でしたっけ?」
「そうなんだ。もう時間ないし……色々と忙しいとは思うんだけど」


あれから警察からの事情聴取やら、婚約者さん……じゃなかった。元婚約者さんのご家族とのやり取りやらで、あたしも周助さんもめっちゃくちゃ忙しくなって、写真どころじゃなくなっちゃったんだよね。

結局あたしは被害届も慰謝料請求もしなかった。

あ。携帯買ってもらったな。完全に壊されちゃったもんだから、アレだけはお願いしたんだ。
蹴られたお腹も大したことなかったし、髪切られただけだしね。そこに関しては、向こうのご家族からすごく感謝された。

あたしをさらった男の人は、過去にも色々やらかしてたみたいで、色々と大変らしい。
ウチの大学の学生にも手出てたし、ソレが余計に悪かったようで。

あと、婚約解消するのが大変だったみたい。
あたしは蚊帳の外にされたちゃったし(周助さんがあたしは関係ないって言ってくれたみたい)、周助さんもあまり話したがらなかったからよくわかってないけど……最終的には元婚約者さん側が折れたって。


「もういつでも大丈夫ですよ?大学復学しましたけど、もう冬休みですし」
「あ、ホント?僕ももう今年はこないだの仕事で終わりだから……雫がよければ」
「ぜーんぜん!いつ撮りますか?」


今日はあの事件から、初めてゆっくり二人で過ごせる日。
お昼からカフェで待ち合わせしてて、あたしはスパゲティに舌鼓を打ってたとこ。
周助さんオススメのカフェなんだって。大学近くなのに知らなかったなぁ。


「じゃあ、まずは……僕の行きつけの場所ね」
「……?」
「行けばわかるよ」


行けばわかるの……?
なんだか思わせぶりな言い方。

とりあえず、あたしは目の前の美味しいご飯を食べきることに専念した。







「……えええ。行きつけって……」
「そう、ここ。予約してあったんだ」
「えー!」


案内されたのは、なんと美容室。

あたしはあの事件で髪を切られてから、面倒くさくて自分でテキトーな長さに切っちゃったんだよね。
周助さんめっちゃビックリしてたけど。というか、信じられないものを見たような目で見られたけど。

さあさあ、どうぞどうぞと中に案内されて、普段入らないようなオシャレな美容室になんだか目がクラクラしてきた。


「お久しぶりです、不二さん!今日はどのようにしますか?」
「あ、僕じゃないんだ。今日はこのコで」
「え?わぁ!可愛らしい〜!じゃあ張り切って頑張らせて頂きます!」


あたしが呆気にとられてボーッとしてるうちに、どんどん作業は進んでいく。気がつくと不揃いなセミロングっぽい髪型は、綺麗に整われた長めのボブに変身。


「いかがですかー?」
「はっ!い、いいです!いいです!」
「ふふ、ずいぶん可愛くなったね。本当……あのままでいられたら僕、困ってたよ」
「あ、あはは……」


いや、本当にすみません……。
というか人前で可愛いとか言わないでください……。

それを見てた美容師さんは、あたしに荷物を返すときにこっそり耳打ちをしてきたんだ。
「不二さん、今まで女の子連れてきたことないんですよ?愛されてますね〜」……だって。思わず顔に熱が集中する。

レジでお会計をしてる周助さんに顔を赤くしたまま近づくと、優しく頭を撫でられた。
いや、本当!マジでこのヒト!人目とか関係ないんだけどっ!と言うか、またお金っ!

そのまま美容師さんに手を振られながら、美容室を後にする。色々とされすぎて、もうあたしはなにを喋っていいのやら……。


「あれ、なんか不満?すごく言いたげな顔してるね」
「いや、不満はないですよ。ないけど……どこから突っ込んでいいのやら……」
「なにを」
「まずはお金……カット代払います」
「そんなの気にしなくていいよ」
「あたしは気にしますぅ」
「んー……。あ、じゃあ次の行きたいとこなんだけどね……」


ダメだ。なんも聞いちゃいない。

本当、最近の周助さんは自分勝手というか……いや、マイペースっぽいとこは出会ったときからか。
なんだろ。際限なくあたしに甘いんだよね。
先日、色々と手伝ってくださった乾さんに、改めてお礼言ったときに言われたんだよね。「あぁなった不二は止められないと思うよ?覚悟しといたほうがいいかな」って。

最初は意味わかんなかったけど……こーゆーことか……。


「ほら、雫。こっちだよ」
「あ、はーい……」


って、それを素直に受けちゃうあたしもあたしなんだけど。
今日だって、ちゃんとカメラバッグ持ち歩いてるし……写真も撮る気満々なんだろーな。
いつがいい?なんて聞いちゃったけど、今日にも撮るつもりじゃん。

周助さんに呼ばれてそばに駆け寄ると、すごくニッコリして手を握られる。
なんか、今までしてこなかったからか……こんな単純なことでもすぐ顔が熱くなってしまう。


「……なんですか?すっごく笑顔」
「普通にデートできて嬉しいなって」
「……あ、これ……デートだったのか……」
「なんだと思ってたの」
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