雫にデートだと思われてなかったのは、ちょっと癪だったけど。
せっかく二人でゆっくり過ごせるなら、趣味と実益兼ねたほうがいいな、なんて思っていて。(別にデートが趣味ってわけじゃないよ?)
行きつけの美容室で雫の髪をカットしてもらったあと、とある場所に向かった。
ここは実益を兼ねてる場所でもあるんだ。
「……え?アトリエ……ですか?」
「そう。知り合いにね、趣味で絵を描いてるヤツがいてさ。ちょっと場所を借りたんだ」
「周助さんのお知り合いに、そんな画家みたいな人いるんですね」
「できれば借りは作りたくないヤツなんだけど、他にあてもなくて」
「えぇ……なんか悪いですよ……」
「僕も写真撮れるし、雫も絵が描けるし。画材も好きに使っていいって言ってくれたんだけど……どうだろう?」
内心、少しも悪いなんて思ってないんだろうな……なんて思ったり。だって顔がもうキラキラしてるしね。
部屋に置かれたイーゼルと真っ白なキャンバス。
持ち主はキャンバスも作ってくれたみたいで、好きに描いていいよって言ってくれてた。
本当は大学に寄って画材とか持ち出そうかとも考えてたんだけど、借りる経緯とどんなコか説明したら、珍しく喜んで好きに使っていいとも言い出した。
最初は怪訝そうだったけどね。
明日は雪(幸?)どころか槍が降るかもしれないな。
「えー!お知り合いさん、すごいですね!趣味でこんなに画材まで揃えてて……しかもめっちゃいいヤツ……」
「凝り性なんだろうね」
「あれ?なんか複雑な表情してません?」
「……気のせいだよ」
さっきセットしてもらったばかりの髪を、持っていた髪ゴムで少し雑に一つに結ぶ。
置いてあった新品と思われるエプロンに身を包んで、キャンバスに向かい合う雫を見てると……こう、早くファインダーに収めたい欲が出てくる。
あ、撮った写真見せろって言われてるんだったな……。ここを借りる条件。嫌悪感を滲み出しながらソレを了承したんだ。
借りる画材一つ一つをピアノの鍵盤のように指でなぞり、なにか想いを込めてるようにも見える。
初めて雫に会ったときのようで、胸がワクワクしてきた。
「……わ、もう撮ってる」
「もちろん」
「一言いってくださいよ」
「言ったら意識しちゃうでしょ?」
ほら、言ったそばから動きが固くなった。
本当、今はそういう素直さ出さなくていいんだよ?
そんなこと言ったら雫は怒るだろうな。
頬膨らませて、顔赤らめて。
そういう瞬間も悪くないけどね。
気を取り直して、雫はキャンバスに向かう。一つ深呼吸をして。
さっきまで動きにぎこちなさがあったのが、筆を持った瞬間になくなった。
雫にとってソレがスイッチなんだろう。
絵の具を混ぜ、淡い色を何色も作り出して塗っていく。
その瞳は、テニスコートに向かう旧友を思い起こすようで。……少し、手塚や越前に似てた。
幾重にも色をかさねていって、真っ白なキャンバスに雫の世界が生まれていく。
このアトリエには、筆を走らせる音とシャッター音しか響いてない。
僕もきみを撮ることに夢中だ。
こうやってきみの世界観を収めることができて、僕は幸せだな、なんて思う。
こんなチャンス、滅多にないよ。
僕が撮りたい世界観を、こうやって目の前で創り出してくれる奇跡なんて。
「周助さん」
キャンバスに向かったまま、集中してた雫がおもむろに僕を呼んだ。
「なに?どうしたの?」
「あたし、今……最高に幸せです。こうやって絵を描けることもそうですけど、あたしを理解してくれる人があたしを写し出してくれるなんて。こんな機会なかなかないし、それに……」
「それに?」
「あたし、周助さんのために……画家になりたいって思ってます」
それはつまり。
「……僕のために僕の隣で絵を描いてくれるってことでいいのかな?」
「……できればずっと?」
「……ふふ。できるよ、ずっと」
僕は誓うよ。
コンテストのグランプリ。
きみのために獲ることを。
なにがなんでも……獲ってみせるから。
キャンバスに向かったままの雫。
耳が赤いのは後ろからでもわかるよ?
近付いて、その耳にそっと触れた。
ピクリ、と反応があったけど……こっちは見てくれない。
「ねぇ、雫」
「な、なんですか」
「キスしたい」
「えっ?!」
僕のその台詞に驚いて、思わず振り向いた雫の唇にキスを落とす。
触れるだけの……優しいキスを。
「……ッ、こ、こんなとこで……!」
「場所なんて関係ないよ。雫にキスしたいからしたんだ」
「……も、もう……」- 62 -*prev | *next *Sitetop*or*Storytop*