ShortStory

決戦は日曜日



こんなにも胸が高鳴ることなんてなかった。
そこにいて、姿が見えて。目で追うのがやっとだった。
すれ違えば胸が痛んで。目が合えば全身が熱くなって。

こんな恋、後にも先にもこの人だけだって思った。


「え?誕生日に告白?」
「う、うん。そのつもり。プレゼント渡して、告白……」


卒業を控えた放課後の教室で、あたしはこっそり想いを打ち明けた。

長年拗らせてきた恋心。想うことを始めてから、もう三年経っている。
そんな想いを親友の紬には逐一報告をしてきたけど……それもとうとう終止符を打ちそう。


「なに?勝算でもあるの?」
「いや、無いに等しい……」
「だろーね。大した交流ないもんね、アンタと不二って」
「……ホント、それ……」
「同じ学年って共通点以外に、なにかあったっけ?」
「えっと……去年同じクラス……?あと、あたし陸上部だったから、稀にグラウンドでかな?」
「それだけか……」


半分呆れた顔に鼻で笑う紬は、あたしに向き合う形で机の上に頬杖をついた。

分かってる。学校内で一、二を争う人気者と、平々凡々な顔面偏差値普通以外なにもないあたし。釣り合うなんて思ってないし、そもそも無謀な恋だし。

だけど、募らせた想いは止められない。


「まぁ、駄目だろうけど……当たって砕けろ的な?」
「そうだよ!そう、女は度胸!頑張れ雫!」
「う、うん!ありがとう!慰めてね!」
「最初っから諦めんなって!」


自分を鼓舞して、その時を待つ。幸いあたしには、親友が応援してくれてる。それだけでも頑張れる。

不二君の誕生日まであと二日。今年は日曜日。去年、クラスのみんなと交換した連絡先は、この日のためなんじゃないかって思う程。


「う、ん。頑張る」
「頑張れ!恋する乙女は可愛いぞ!」
「もう、なにそれ」








──……あたしが不二君を好きになったのは、三年前の今頃。
たまたま、テニスコートの横を通った時だった。

青学テニス部のレギュラージャージを着て、小さい黄色のボールを追う不二君を見かけた時、同じクラスの男子に声をかけられたんだ。
フェンス越しに会話をして、一年生でレギュラージャージって凄いねって話をして、それが不二君だと教えられて。
相手側は先輩だっていうのに、不二君が押してる試合展開に目を奪われた。

あたしの目には、輝く世界に見えて。それがとてつもなく綺麗で。

一目惚れ、ってこういうもの?
身体が熱くなって、心臓がけたたましく動いてる。
試合終了後、会話してた男子が不二君に声をかけたんだけど、一気に恥ずかしさが増して何も話さずその場を後にしたんだ。

それから、学校でも部活でも目で追うのが日課になった。

去年、同じクラスになれて有頂天になって。
でも、大した会話なんて出来なかった。だって近付けないんだもん。その頃には不二君の認知って相当凄かったし。

あ、でも。一回だけ。本当に幸せな時間を共有したんだ。
美化委員だった不二君は、朝練前にいつも教室で花に水をあげていて。それを知ったきっかけが、前の日に机の中に忘れ物をしたから。
部活の朝練前、忘れ物を回収しようと教室に駆け込んだ時……レギュラージャージを着た不二君とかち合ったんだ。


「あれ?相葉さん、どうしたの?こんな朝早く」
「ふっ、不二君?!……こそ、どうしたの?」
「あぁ、僕は花の水やり。朝練後だと、どうしてもあげられないから」
「そ、う、なんだ……」


極めて冷静に……なんて、頭の中では思っていても、二の次が出てこなかった。こんなチャンス滅多にないのに。何を話せばいいか、なんて思いつかなくて。緊張に緊張を重ねて、教室に入れば……薄ら目を開け微笑む不二君に、あたしの気持ちも心臓も限界を達していた。


「相葉さんは?」
「へっ?!あっ!え、あ、あたしは、忘れ物取りに……」
「忘れ物?」
「う、うん。借りたノート、忘れちゃって……それで」
「借りたのに忘れたの?ふふ、意外とおっちょこちょいなんだね、相葉さん」


もう、言葉に言い表せない程の感情。忘れ物した自分を褒め讃えたのは言うまでもない。
柔らかく笑う不二君に、一気に気持ちが爆発。それからちょくちょく朝練前の教室を覗くことが、あたしの生き甲斐みたいになってた。

今年になってクラスも別れて。せめて委員会はと意気込んで入った美化委員。そこに不二君の姿はなくて。でも、何となく諦めきれない想いが早朝の三年六組へ足を運ばせた。
いないと思いつつ、部活も引退後の秋。そこには花に触れる不二君の姿。朝日が差し込む教室に、輝くような琥珀色の髪の毛。息を飲んで、何だか涙が溢れてきて。

こんなにも、こんなにも。
この人が好き、なんだと胸が締め付けられた。





「……よし、送信」


唯一の連絡先。メッセージアプリに初めての会話を投げかける。

『いきなりごめんね。相葉です。渡したいものがあるんだけど、今から会えますか?』

ものの数秒で既読が付いて、携帯を握る手が一気に汗ばんだ。

『相葉さん、久しぶり。いいよ?何処に行けばいい?』

すぐに返信があって、携帯を打つ指が震えてる。
落ち着け、落ち着けあたし。実はもう不二君のお家の前にいる、なんてストーカーじみているけど……あたし独りよがりな想いで、わざわざ出向いてもらうのは気が引けたから。

『あ、実は不二君のお家の』


「ああっ!!」


と、タップミスで途中送信した文面。慌てて続きを送ろうと文字入力をしようとするも、震える指は言うことをきかなくて。
不二君はトーク画面を開きっぱなしなのか、送信した途端に既読が付いて、更に焦ってるところへ軽快な音と共に着信を知らせる画面。

“不二周助”という文字に、心が震えてしまう。


「……ッ、も、もしもし?」


意を決して通話を押した。即座に耳へ携帯を押し当てて、紡がれるはずの不二君の言葉を待つ。
胸の鼓動がうるさい。痛い。苦しい。

そして耳が震える、不二君の声。


『あ、相葉さん?ごめん、電話しちゃった』
「いっいいの!大丈夫!あたしが変なところでメッセージ送っちゃったから」
『うん、それで……。もしかして、僕の家の前に来てる?』
「あ、え、う、は、はい……」
『ちょっと待ってて』


受話器の向こう側。物音が響く。
そこであたしは上手く呼吸が出来てない事に気付いて、慌てて息を吸い込んだ。肺に流れ込む冷たい空気が、胸を更に痛くする。
ゆっくり息を吐くと、耳に聞こえてくる会話。不二君と家族の人、の。あたしが来たことを知らせる会話。

携帯を握る左手に、力が入る。右手に持つプレゼントを見れば、ぶら下がった袋が微かに揺れてて、あたしは全身隈無く緊張に侵されてるんだと実感した。

遠くから聞こえる会話を耳に、今度は玄関が開く音が目の前から聞こえてきた。通話が切れた携帯を耳元から外し、コートのポケットへ乱暴に突っ込む。


「あ、本当にいた」
「ふ、不二君……」
「ふふ、ごめん。部屋の窓から確認してたから、いるのは分かってたんだけど。本当に相葉さんかなって」
「ご、ごめん。ご家族とその……」
「いいよ、気にしないで?良かったらあがって」
「えっ?!」
「会話、聞こえてたでしょ?大丈夫だから」
「ぁ、う……はぃ……」


す、好きな人のお家にあがるって……いきなりの展開に頭がついていかない。こ、告白のハードル上がりすぎてない?!大丈夫?これ。あたし、生きて帰れるのかな。

そんなあたしの思惑をよそに、不二君はあたしを軽く家族に紹介して部屋に通した。
不二君の部屋にいるという事実が、震える身体に現れて脳内までも侵食してる。綺麗に片付けられた部屋は、どこに座っていいのか分からず佇んでしまう。窓から差し込む陽の光が日光浴を楽しんでる、去年好きだって聞いていた仙人掌を包み込んでるようで。

ここが……不二君の部屋。
今までに何人……女の子が来てるんだろう。
こんなことされた人、いるのかな。いるよね?
考えても仕方ないことなのに、さっきまでとは違う痛みが胸を襲う。


「どうしたの?座ったら?」
「ひっ!!」


あたしを部屋に通したあと、お茶を持って戻ってきた不二君に話しかけられ思わず体が大きく跳ねた。それを見て軽く微笑んだ不二君は、あたしの背中にそっと触れて、座るように促した。
少しだけ、ぎこち無く座るあたしの前には、テーブルと淹れたての紅茶。それと、何かのパイが綺麗に並んで。鼻を掠める匂いはベリー系のパイ。絶対、美味しいやつ。


「それ、姉さんが作ったんだ。弟が帰ってきたからね。大好物で」
「え。あ、不二君の誕生日なのに、弟さんの好きな物を?」
「……まぁ、僕も好きだしね。ところで」
「うん?」
「なんで僕の誕生日、って……知ってるの?」


熱い紅茶が喉を通った瞬間。思わぬ言葉に紅茶が器官に入って、思いっきり噎せてしまう。
慌てた様子の不二君が、あたしの背中を優しく摩る。色んな感情が込み上げる。まって、背中!背中さっきも触ったよね?!まってまってまって!


「相葉さん、大丈夫?」
「だっ、げほっ!大丈夫!ご、ごめん!」
「びっくりした。そんな動揺するとは思わなかったから」
「けほ……ぅ、あ、ごめん」
「ふふ、さっきから謝ってばかりだね」
「うぅ……」


何だか見透かされてる気がする。でも、それに対応できる程の思考は持ち合わせてない。こんなにも不二君と話すこと……今までなかったし。

どうしていいか分からない。
けど、伝えなきゃいけない。

一つ、小さく深呼吸して。
熱くなる顔を隠して。


「で……なんで僕の誕生日知ってたのかな?」
「えっと、あのそれは、去年知ったからで……」
「あぁ、成程。去年はお祝いしてくれなかったけどね」
「……や、用意はしたの。渡せなかっただけで」
「へぇ。それで今年は去年の分も合わせて祝おうかなって?」
「う、ん。それも、だけど……」
「だけど?お祝いの他に、なにか理由が?」


上目遣いで見遣る不二君の顔。
いつもの、柔らかい笑顔はそこにはない。

代わりに何か挑戦的な、狙いを定めたような瞳と吊り上がる口元。
そんな表情ですら、あたしの鼓動は早鐘を打ち続けている。

心臓の音はとっくに頭の中まで巡り巡って。
全身が熱い。握る手は強く締め付けすぎて、感覚なんて消えて。

早く言わなきゃ。
待ってる。不二君が、あたしがここにこの日来た理由を求めてる。


「あっ、あたし……ッ、」
「待って。当てようか。理由」
「……はひ?」
「ふふ、凄い顔してるよ?相葉さん」
「……な、だって!いや、理由当てるって……」


凄い顔、と言われて思わず両腕で顔を隠した。
普通に恥ずかしい。どんな間抜けな顔してたんだ。ただでさえ緊張と拗らせた恋心のせいで、思考回路は正常に動いていないのに。

そう、動いていないのに。

そんな隠されたはずのあたしの顔。
不意に部屋の明かりがあたしの顔を照らし、琥珀色の瞳があたしの視界に飛び込んだ。

腕を掴まれ、見せたくない顔を覗かれる。

突然の事で体が動かなくなる。
言葉が詰まる。
思考回路は完全に停止。


「隠さないで?」
「……ッ!」
「当てるよ。相葉さんが、ここに来た本当の理由」


待って。
お願いだから、夢だけ見させて。
玉砕なんて分かってる。
だけど、お祝いしたかった三年分の想い込めて、せめてプレゼントだけは渡したいの。

あなたが好き、だから。

怖くなって思わず目をつぶった。
体を仰け反らし暗い視界の中、不二君の言葉を待つ。
鼓動が痛すぎて、早く解放されたい。
涙が溢れそうになる。

カタン、と机が何かとぶつかる音がした。
その瞬間、掠めた匂い。紅茶でもパイでもない。

不二君の、匂い。と……唇に触れた、何か。

それを確認したくて、瞼を薄ら開けた。
ぼやけた視界に、琥珀色の髪の毛と……肌。それに閉じた不二君の目元が写し出された。

唇の感触と、目の前の状況。
何も考えられない。
あたし、今……どうしてる?何、されてる?


「……これが理由、じゃない?」
「ふっ!!」
「あれ?違う?それとも、もっと?」
「えっ!あ、ちが。いや、違くな……」


まって。
まって、まってまって。
今、あたし……不二君に、キ、キス……された?


「なん、え。あた、し。どっ、し……」
「雫、落ち着いて。一つずつ、ゆっくり話して?」


混乱で何から話していいか分かんなくて。そんなあたしを、明らかに笑いを堪えた顔であたしの名前を呼んで。
それが擽ったくて。込み上げる気持ちが、足のつま先から頭のてっぺんまで駆け上がる。
今までの熱が顔に集中して、どんな顔していいかなんてもう分からない。


「すごい真っ赤。大丈夫?」
「……う、ん」
「頬、熱い。そんな顔もするんだね、雫は」
「な、名前……知って……」
「そりゃあ去年同じクラスだよ?知らない訳ないし、好きな子の名前なんて忘れる訳ないよね」
「あ、そう…………えっ?!」
「何、その反応。雫は、キスされても好かれてないとでも思うの?」
「ち、ちちち違っ!」
「違う?じゃあ、なに?」


まって。本当にまって。あたし、さっきからまってしか言ってないけど、まって。
不二君の意地悪な視線が痛い。心臓に絡まって離さない。
頬に触れる、不二君の掌の感触。それが唯一の現実に引き戻される熱のようで。


「……手、冷たい」
「うん。ちょっと冷え性。でも、今は少し体温高いかも」
「……なん、で」
「なんでだと思う?」
「ズルい……」
「ズルいのは雫じゃない?僕に本当の理由話してくれないから。正解かどうか分からないし」
「……ズルい……」


もう、答えなんて知ってるんでしょ。……なんて、言えたら少しは楽なのに。
言えないあたしは、素直に三年間の片想いに……終止符を打たなければならないのだ。


「ここに来た、理由は。ふ、不二君に……告白をするためで」
「うん。どんな?」
「ど、ん……なって」
「言って?聞きたい」
「……ッ、ぅ……ふ、不二君が……す、好きで、す」
「よく、出来ました」


今度はちゃんと。ちゃんと瞼は開けて。
近付く不二君の影を、確認してから目を閉じた。
頬に添えられた手に、擦り寄るように傾ければ。

触れた唇は、甘い吐息に包まれる。


「あと、もう一個。言って欲しいかな」
「え?」
「今日は何の日だっけ?」
「あ……。お、お誕生日……おめでとう」
「ありがとう」


これが一番の誕生日プレゼント、なんて言われたけど。
あたしにとっても、人生最大のプレゼント。

これからも。ずっと。
変わらない、気持ちを。
あたなへ、あたしから。















決戦は日曜日
(あ、そうだ。本当のプレゼント……)(僕は雫のキスで十分なんだけど)(いや、あの、それだけじゃダメ!)(ふふ、はいはい。何を準備してくれたの?)(去年と今年の分、だけど……)(仙人掌、のピンバッジ?と……コレはストラップ?)(簡単な物でごめんね)(僕の好きな物、知ってくれてるのが一番の贈り物だよ?)
- 17 -
*prev | *next
*Sitetop*or*Storytop*