秘密の共有

幼き日のきみと、今。
なにも変わってなかった。

背格好や顔つきが変わったとしても、その心はちっとも変わってない。

だからこそ、惹かれてしまうのかも。

いけないことだと分かっていても。





「失礼します」


丁寧にノックされた扉に向かって、あたしが「どうぞ」と答えると、これまた丁寧にお辞儀までして入室してきたのはとある生徒。
それは眼鏡をかけた端正な顔立ちの中学生には見えない元生徒会長で……。


「どうしたの、くにちゃん」
「……その呼び方は辞めて頂けませんか」
「いいじゃない。保健室には今、あたし達しかいないんだし」
「俺は五歳児ではありません」
「もーしょうがないなぁ。国光君で妥協してあげるよ」
「……それもどうかと思いますが」
「あたしが妥協してるんだから、そっちも妥協してくれる?」


初めての保健医として赴任した中学校。そこにあたしが保健医になるきっかけになった子がいた。
本当に偶然。あたしは気付かなかったんだけど、赴任当日、律儀に挨拶にきた生徒会長に最初はその面影が見えず分からなかった。


「えぇと、生徒会長さんだっけ?これからお世話になります。保健医の三宅希です」
「はい。存じております」
「え?」
「覚えてない、ですか」
「えっと……ごめん。どこかで会ったこと……」
「……手塚です。三件先の」
「……えぇ?!も、もしかして……くにちゃん……?!」
「その呼び方はやめて下さい」


三件先の手塚さん。そこの国光君。そう、くにちゃん!!小さい頃、テニスボールを追いかけて転んだところにあたしが出くわして。絆創膏を貼ってあげたのが出会いだった。
それから何度となく練習を見ては、怪我をしたくにちゃんの手当をして。まるで保健室の先生気分にあたしはなっていた。
今となってはそれがきっかけで、あたしは保健医を志すことになったんだけど……。

いや、あの。そりゃ気付かないよ。
あの!可愛かった!くにちゃんが?!え?こんな?
失礼だけど、面構えと雰囲気だけなら先生と見間違えてもおかしくない立ち振る舞いになる?!

そりゃあ十年前だもの。それくらい変わっても仕方ないかもしれない。
なんだかそれが可笑しくて。一頻り驚いたあとは笑いが込み上げてしまった。


「なにが可笑しいんですか……」
「え?あ、ふふ。ごめんね?くにちゃん凄く立派になったねぇ!やだなぁ。もう希お姉ちゃんって呼んでくれないのかぁ」
「……先生ですから」
「もー!ふふ、いいんだよ?二人きりなら」
「……ここは学校です。そういう訳にはいきません」
「相変わらず頑固だねぇ」


そんなことがあった春。
それからくにちゃん改め国光君は、用があってもなくても何かしら保健室に顔を出してくれるようになった。
秋口までは、よくテニス部の部員連れたりすることも多かったけど、ここ最近は一人でくることのほうが増えた気がする。
それは単純に懐かしさから、なのかそうじゃない……のか。昔ほど表情が出ない国光君の気持ちを、今のあたしが推し量ることはできなくて。

少しだけ、もどかしい気持ちにもなっている。


「で、今日はどうしたの?」


三学期になって、受験で忙しない時期。
そんな大変なときに、毎日のように保健室に顔を出す国光君へ、あたしは普段はぐらかしてる質問を投げかけた。


「……少し、頭痛がして」
「受験勉強のしすぎでしょ!外部でも受けるの?この学校、大学まであるのに……」
「受験は……しません」
「え?」


保健室の真ん中、あたしの事務机の隣に鎮座してる長椅子へ、国光君はゆっくり腰をかける。
見上げたその瞳は、あたしの心臓を射抜くように鋭くて。一つ、短く息を吐くと、それが……あたしへ向けられた。

波打つ心臓が、速度をあげる。

小さい頃のほん少しの面影を追いかけて、ほんのちょっとだけ……気持ちが走ってるの?
おか、しくない?そんな、こんな、七つも下の男の子に。


「実は……ドイツに行くことにした」


あたしの瞳を射抜いたあと、国光君は目を逸らして前屈みになって俯いた。
その雰囲気に言葉が出てこないけど、それはあたしが抱く感情ではないと思い直す。
喜んであげなきゃ。こうやってまた出会えたことで、揺らいではいけないんだから。

せっかくまた話すようになれたのに、また離れ離れになるだなんて……。

せっかく……。


「三宅先生?」
「あ!え、す、凄いね!テニスで……でしょ?おじさんやおばさんも喜んでるよね〜!いやーあたしも鼻高々になっちゃう!」
「……あぁ……」
「じ、じゃあ!なにかお祝いしなきゃね!なにがいいかな〜?国光君の好きな……」
「三宅先生」


薬品棚から持ち出した頭痛薬。
それが手からすり抜けて、耳をつんざくような鈍い音色が保健室に響き渡る。
それは、国光君が徐にあたしのその手を掴んだから。
一気に鼓動が頭の中まで鳴り響き、掴まれた手首がありえない程熱くなる。


「それで、いいのか?」
「く、に……」
「俺は……」


言いかけたその顔。なにか身を焦がすような、少し憂いを帯びた瞳で訴える。
訴えるだけでなにも綴ろうとしない国光君に、あたしはこの心臓の音が届いてしまわないかが心配で。
訴える瞳のその強さに、思わずその視線から逃れてしまう。

春からずっと。ずっと見守っていた。
怪我が悪化して九州に行ったときだって。気付けば毎日のようにメールしてた。
帰ってくるのが決まれば、その日は仕事終わりにお家まで行って。その顔を見れば安心だってした。

その、国光君が。くにちゃんが。
あたしの知らない顔で瞳で……あたしを掴んで離さない。


「……希、さん」
「!」
「本当、なら。先生とお呼びしなければならないが……今だけ」
「う、ん……」
「こっちを……向いてくれないか?」


けたたましく鳴り続ける心臓。
うるさ過ぎて、自分の声も国光君の声も上手く聞き取れない。
顔が熱い。目が潤む。直視することなんて出来ないのに。それをきっと、国光君は許してくれない。

おずおずとその視線を国光君へ戻す。
あんなちっちゃかった国光君の目線は、いつの間にかあたしよりも何センチも高くなってしまった。見上げた先の、熱い視線。身を焦がしてしまいそうになる。


「な、に……」
「やっと、会えたと思った。ずっと……希さんの面影を追っていたから」
「なん……で」
「俺は……貴女をただの憧れの人で終わらせたくない」
「くに……ちゃ、」
「ドイツに行くことに躊躇いはあった。貴女のことが気がかりだからだ。行けばまた会えなくなる。折角、また出会えた。なのに離れることが不安になってしまった」


その真剣な顔ばせが。あたしの心を揺れ動かす。
駄目だと思っていても。同じ想いを抱いていたこに……心底嬉しいとあたしは思ってしまった。

握られた手首。集まる熱は、顔だけじゃない。
鼓動が全身を包んで、身体全体で震えてる。

言っちゃイケナイ。
でも、言わせて欲しい。
密かに仄かに募らせたこの想い。いなくなって欲しくない。気付かないフリをしてるのは……もう限界だから。


「……す、き」
「希、さ……」
「ごめん、好きになって……。春からずっと、こうやってあたしに会いに来てくれる度に想ってた。思い上がるなって思ってたし、自分の気持ちに蓋をして……くにちゃんが来る度にはぐらかして……きゃっ!!」


言葉を紡ぐその瞬間。繋がれた腕を引っ張った国光君が、あたしの体を引き、抱き寄せられた。
伝わる温もりに、これは嘘じゃないことを理解する。

気持ちを伝えたら、次に出たのは涙だった。
泣くつもりなんてこれっぽちもなかった。国光君を困らせるだけだから。

なのに、自分の感情なのに。
まるで抑えのきかない子どものように涙が溢れこぼれ落ちる。


「俺、も。希さんが、好きだ」
「くに……」
「ドイツに行く前に。離れる前に。貴女を繋ぎ止める証が欲しかったんだ」


緩む腕と、頬に触れる掌の感触。
国光君の体温はあたしの頬よりも低くて、ひんやりとした感覚が少しだけ頭の中を鮮明にしてくれる。

近付くその顔に。あたしはゆっくり瞼を閉じた。国光君の撫でる親指が睫毛を少し掠めて、心までも擽ったい気持ちになる。

触れるのは唇。合わさるだけ、の……優しいキス。

あたしと国光君の、二人だけの秘密。
こんなこと、いけないことだとは分かってる。

だから──……今だけは。
その甘い秘密に溺れさせて?










秘密の共有
(ね、くにちゃん……)(名前、戻ってますが)(じゃあくにちゃんも。あたしのこと……名前で呼んでよ)(先程呼びました)(あたしのこと抱きしめておいてそれはないんじゃない?)(……希)(ふふ、二人だけの秘密ね?国光)(あぁ……)

はい〜!という訳で、ゆきさんリクエストの手塚でした!
昔からちょいちょい脇役で手塚は書いてましたが、本格的な夢は初めてだったので大丈夫かなぁ……という気持ちのほうが大きかったです。大丈夫ですか?手塚になってます?(笑)
今回、秘密の恋というテーマで相当思い悩んでいました。某作業音声アプリで相談しちゃったくらい……。(その際はお付き合い頂きました方々様、ありがとうございました)
最初こそオフィスラブでも書こうかと思っていたのですが、教師と生徒のほうがしっくりくるなぁ……と。普通の先生よりも保健室の先生のほうが絡めやすいというわたしの勝手な妄想でこうなりました(笑)
ドイツに行っちゃう手塚が、本当は離れたくないけど繋がっていたいっていう想いを書けたらなぁ……なんて。作中では秘密加減が全然出てないのですが。
ちょい肉食系男子出したかったので、わたし個人的にはお気に入りにの作品になりました!

ゆきさん、リクエスト本当にありがとうございました!!今後もLiebeslied.とシロサギをよろしくお願いします!

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