蓼食う虫も好き好き

きみはなにも分かっちゃいない。
振り回すだけの態度に、僕はどこまで付いていけばいいんだろう。

昼休みの教室で、いつも通りの喧騒が耳に入ってくる。それが僕の頭の中で縦横無尽に駆け巡っては、いつも思い起こす人物に想いを馳せてしまうんだ。


「なぁー不二?聞いてる?!」
「あぁ、聞いてるよ?歴史の田淵先生が、社会準備室という名の職員室でうたた寝してたんでしょ?」
「おま……ボーッとしてそうで、ちゃんと俺の話、聞いてんのな……」
「当たり前でしょ。英二じゃあるまいし」
「だよねー!……って、ん?どーゆー意味?!」
「はは、そのままの意味だよ」
「不二っ?!」
「あ、待って英二。来る」
「んあ?」


喧騒を通り抜けて、独特な足音が教室に近付いてくる。シューズを鳴らすその足音は、ここ最近の僕の悩みの種だ。


「ふぅじせんぱーーい!行きましょう〜!」


教室の出入口、その扉を勢いよく開けては開口一番、僕のことを声高らかに呼ぶ人物。それは一個下の、新聞部に所属する三宅だ。
女の子特有の高い声はよく通るもので、教室の端にいても、この喧騒の中でも、僕の鼓膜を震わせるのは難しくないようだ。


「新聞部の三宅ちゃんじゃん。最近しょっちゅう来んね?」
「まぁね。僕に用事ではないんだけど」
「へ?じゃあなんで?」
「三宅は手塚にお熱なんだよ」
「はー!え?なに?仲を取りもてって?」


少しいやらしい目付きを覗かせる英二を横目に席を立つと、答えを聞かせろとばかりに僕の制服の裾を掴んだ。
それをちょっと……一瞥すると、英二は掴んだ裾を緩々と離す。急に顔色が優れなくなった。


「……ふふ、違うよ。記事を書きたいんだってさ」
「……は、え、あぁ……そっか。睨んだから何かと思ったじゃん」
「さて、行ってくるよ。予鈴鳴ったら戻ってくるから」
「ほーい。行ってらっしゃーい」


英二に見送られ、出入口に向かえば……。小さいメモ帳片手に、目を輝かせて僕を見上げる三宅と目が合う。その、合った瞬間の笑顔。それが僕に向けられたものなのか否か……。

神のみぞ知る、ってところかな。


「お昼ちゃんと食べました?」
「少なくともきみが来る十分前までは平穏に食べられてたかな」
「じゃーおっけーです!早速一組まで行きましょうー!」
「ねぇ、一組行くなら僕って必要?ドアの影からペンを走らせれば十分じゃない?」


嫌味すら物ともしない三宅は、すでに一組へと歩みを進めた数歩先、五組と六組のちょうど教室の間でその歩みを止めた。止めて、そのまま振り返る。訳が分からないって顔をして。


「……なに言ってるんですか?不二先輩、頭おかしくなっちゃいました?」
「随分な口、聞くようになったね。きみは」
「わー笑顔が笑ってない!だから、前にも言いましたよね?不二先輩がいないと、手塚先輩の考察ができないって。なにを今更言うんです?」
「……そう?」
「そうですってば!もーいきましょ?」
「嫌だって言ったら?手塚ばかり構ってないで、僕を構えって言ったらどうする?」


眉間に皺を寄せ、難問へぶち当たったような顔を更に歪ませ僕を見遣る。
そんな表情でも、三宅は僕の心を簡単に和ませてしまう。それくらい気持ちの大部分を占めてしまって、それがちょっと気恥しい部分でもあるんだけど。

当の本人は全くもってそんなことに気付いてはいないんだよね。


「……すみません。もう一回言ってもらってもいいですか?」


ほらね。そういう奴だよ、きみは。


「だよね。そんな顔してるくらいだから、きみには難解な質問だったね。聞いた僕が悪かった」
「……ん?微妙に馬鹿にしました……?」
「いや、馬鹿にしたつもりはないよ。ただ、それで新聞部なんて務まるのかなって思っただけだから」
「それは馬鹿にしてるって言うんですよ?!」


振り回されるのは正直いい気はしないし、あまり好きではないんだけど。

だけどきみだけは、そんな悪くないと思ってしまうのは……きっとこの掛け合いが嫌いではないからなんだろうな。







大した収穫を得られなかった昼休みに変わり、何故か放課後も手塚の観察に付き合わされる羽目になった。

部活ではさり気なく手塚に色々聞いてくれ、と僕が断る隙も与えず、三宅はマシンガンのようにしゃべり倒して今に至る。
その部活中、目を輝かせてフェンス越しに手塚を見る三宅に若干の苛立ちを覚えていた僕は、目の前の練習相手である大石の苦手なコースへどんどんボールを打っていった。


「不二!勘弁してくれ!」
「やだな大石。これも練習だよ?」
「いや!お前から壮絶な怒りのオーラを感じるぞ?!俺、なにか怒らせたか?!」
「大石が原因じゃないから気にしないで。ほら、いくよ」


顔を引き攣らせながらボールを追いかける大石を横目に、三宅がいるフェンスへ視線を送った。するとさっきまでコートにいたはずの手塚が、何故か三宅の前に立ち何か話してる様子が目に飛び込んでくる。

思わず息を飲んだ。手足の動きが鈍くなり、大石が打ち返したボールがコートを叩きつけ、その鋭い音で僕は我に返った。


「…………すごいね、大石。返すとは思わなかったよ」
「不二。余所見してなかった、か?」
「ふふ、なんのこと?そんなことないよ。大石の実力だ」
「あ、あぁ。ありがとう……」


呆気に取られた大石の顔が見れたところで、手塚の休憩の声がコートに響いた。
タオルを手に、三宅がいたフェンスへ再び視線を向ける。すると、同じくこちらを見ていたであろう三宅と目が合った。
それに気付いて手を振る三宅。人差し指だけ残し握る手を、すかさず手塚に向けた。

人を指さしちゃいけないって、習わなかったのかな?

その内、口をパクパクさせ、恐らく手塚に何かしら聞いてこいという合図。

全く。きみは人使いが荒い上、荒ぶることも上手いのか。


「手塚」
「……なんだ」


……あれ、なんだか機嫌が悪そうだ。
いつも以上に眉間に皺を寄せ僕を見遣る。こういう時の手塚は大概、なにかしら無理してる証拠だ。


「どうしたの?機嫌悪いね」
「…………何故そう思う」
「眉間にいつも以上に皺が寄ってるよ?」
「ならばアレが原因だ」
「アレ?」


腕を組んだ左手の親指を突き出し、寝かせてはある方向へ指さす。その方向に顔を向けると、目を爛々に輝かせた三宅が視界に入った。

……手塚には相当ウザかったみたいだ。ここ最近の三宅の取材。


「どうにかしろ」
「さっき何か話してなかった?」
「部活中はやめろと言ってきただけだ。伝わらないようだがな」
「……手塚にも苦手なものがあるんだね」
「随分楽しそうだな」
「ん?ふふ、別に?」
「お前が保護者だろ。責任持ってどうにかしてくれ」


保護者になった覚えはないけど、三宅は手塚すら振り回すのが上手いようだ。

まだ、休憩終わりの声は響かない。
僕は手塚からフェンスのほうへ足を向けて、とりあえず三宅へ一言、告げるために歩みを進める。
もう振り回されるだけ、なんて僕も我慢ができないから。


「三宅」
「あ!不二先輩。どうですか?手塚先輩から何か聞き出せました?」
「その手塚に怒られてなかった?」
「怒られ……?あ、部活中は静かにって言われましたよ?あたし静かにしてたのに、どーしたのかなって思いましたけど」
「そのことなんだけどさ」


フェンスの金網に指をかけていた三宅に、合わせるように自分の手を添える。
今まで三宅にこういったことは、勿論したことない。少しでも戸惑うきみが見れれば、今は満足だから。


「ふっ、不二先輩……?!」
「ねぇ。そろそろ気付かない?」
「なっ、何を……」
「どうして僕が、きみのそばにいるってことを」
「……ッ、」


徐々に染まっていく頬。金網から離れようとする三宅の指に、僕は少し力を入れて逃しやしなかった。
今更逃しやしないよ。きみのせいで僕の情緒は不安定だから。


「振り回すだけ振り回されるのは性にあわないんだ」
「なん、の……ことですか……」
「いいかい?仕方ないから教えてあげるよ」


そこで休憩終了の手塚の声が耳に届く。
手を緩めた瞬間、三宅が慌てたように手を引っ込ませ、両手をその身で隠すように身構えた。


「残念……。続きは部活が終わったらね」
「……か、帰ります!」
「帰ってもいいけど……呼び出すよ?」
「うっ……!」
「だから大人しくそこで待ってて」


手を振りながらコートへ戻るとき。
目の端に映りこんだのは、耳まで真っ赤に染め上げて困惑の色をみせる三宅の顔だ。

そう。振り回すだけの態度に終止符を打つのは今。
あれだけ不安定だった心は、今や晴れやかに高く伸びる青空のようで。


「……不二、なんかあったのか?さっきと全然違うじゃないか」
「あ、大石。さっきはごめんね?ちょっと苛々してたから。本当に大石のせいじゃないから、そこは安心して」
「は?いや、あぁ……。まぁ、お前がいいならいいんだ」
「え?もっと扱かれたいの?」
「いや!違う!普通に練習してくれ!」


慌てる大石を後目にフェンスへ視線を向ければ。僕の言うことを忠実に守って佇む、三宅の姿が目に入る。


「さて。どうしようかな」


僕の放った呟きに、何故か大石が青い顔していたけど。
このチャンス、見逃したりはしないからね。










蓼食う虫も好き好き
(ちゃんと待ってたね)(だって、先輩が……)(振り回すの得意だけど、振り回されるのは初めて?)(どういう事ですか……)(だってきみのその態度が、全て物語っているんだよ)(不二、先輩……)(ん?)(……もう、耐えられません……)(その顔が見たかったんだよね)

はい〜〜〜!たいっへん、お待たせ致しました!菜々様リクエストの不二君でございます!え、いや、ちょっとかなりお待たせしてしまって、本当に申し訳ありませんでした……。
初めての不二君が振り回されるお話を書きました。もう、とっっても勉強になりまして……。最後の最後、皆様のご想像にお任せする終わりになってしまいました。しかも最後は振り回すほうにシフトチェンジするという……(笑)
菜々様的にちょっと物足りない感じかもしれませんが、今のわたしにはコレが限界でございました……!いや、本当に難しかったぁ〜!
しかもアレですね。キャラ多すぎ(笑)英二に大石に手塚まで……いや、楽しかったですけどね。他のキャラとの絡み(笑)
なかなか理想の振り回させる不二君を書けなかったかなぁ、と色々と蟠りが残ってしまいましたが、菜々様!リクエスト本当にありがとうございました!これからもLiebeslied.とシロサギをどうぞ宜しくお願い致します!

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