Law route 06



 無事に王下七武海入りし、次なる目的地に向かうため、ハートの海賊団がニューマリンフォードを後にしてから早数日。
 部屋でナマエが朝の身支度をしていれば、ふいにこんこんと部屋の扉がノックされる。「どうぞ」と声をかければすぐさまドアが開かれ、姿を現したのはローであった。こんな朝からどうしたのだろうと目を丸めるナマエとは裏腹に、ローはぐっと眉間のしわを強める。


「・・・おい」
「おはよう、ロー。どうしたの?」
「なんだその格好は」


 ローの指摘するその格好とは、ナマエが着ているハートの海賊団の船員たちと揃いのツナギのことであろうか。背中に大きな海賊旗マークの入ったそれは、正式に入団したナマエに昨夜シャチが渡してくれたものである。男性用を丈詰めしたためか、まだ少しサイズが大きいようでナマエは裾を巻いて着用していた。


「シャチさんが見繕ってくれたの。変かな?」


 普段は女性らしい雰囲気のものばかり着ているためか、このようなラフな格好は新鮮でなんだかソワソワしてしまう。少し声を弾ませながら両手を横に大きく広げるナマエに、ローは盛大なため息をついた。


「・・・いつもの格好に戻せ」
「えっ、なんで?」
「お前は救護班で、前線に出る戦闘員じゃねェんだ。普段の仕事も医務室での作業がほんどだろ。それは必要ない」


 ぶっきらぼうに投げられた言葉に、今度はナマエが眉をしかめる番だった。仲間に加わった証をもらえて舞い上がっていたナマエからすればローの反応は少し予想外のものである。思わず口をへの字に曲げれば、彼は少し面倒くさそうにくしゃりと頭をかいた。


「何が不満だ」
「・・・私もみんなと同じやつが着たかったなって」


 我らながら子どものような言い草だということは重々承知であった。しかしせっかくハートの海賊団の一員になったのに、あえて一人だけ仲間はずれになるようなローの指示に不満を覚えたのも事実だ。
 じとりとローを見上げれば、彼は一度何か思案したような表情を浮かべたあと、すぐさまナマエに視線を戻した。


「・・・どうしてもっつーなら、何かマーク入りのもんを作ってもらえねェかシャチにでも相談してみろ」
「えっ」
「いっとくが、目立つものは駄目だからな」
「・・・分かった」


 これ以上攻防を重ねて我儘を言っても、恐らく聞き入れてはもらえないだろう。ナマエは大人しく返事をすると、そのまま用件を話し出すローの話に耳を傾けた。



Law route 06



「ん〜バッグとかはどうだ?医療用のもん入れて持ち運べるようなやつ!それなら外でも中でも使えるしいいだろ」


 道中とある島に停泊している際、船番をしながら釣りに興じていたシャチに「何かマーク入りの仕事道具に使えるものを作ってもらえないか」と相談してみれば、彼はすぐさま妙案を返してきてくれた。思わずナマエが感嘆の声を上げれば、釣竿を片手に近くに座っていたペンギンが、楽しそうな話の気配を察知したのか首を突っ込んでくる。


「どうせならバーンって海賊旗マークを刺繍してもらったらいいんじゃね」
「えっそんなこと出来るんですか?」
「まぁ・・・ちょっと時間はかかっちまうから渡すのが遅くなるかもだけど、できるな」
「こいつこう見えて手先が器用でさ〜。昔日銭稼ぐために美容院でバイトしてたこともあるんだぜ」


 船員たちがシャチに散髪をしてもらっている場面を何度か見かけていたが、そういう事だったのかとナマエは尊敬の眼差しをシャチに向ける。熱心に注がれる視線に、彼は照れくさそうに笑った。


「となると今度立ち寄る島で帆布とか手に入れねェとな。色は白だとつまんねェから黄色とかにするか?」
「え〜と・・・それが、ローに目立つものは駄目って言われたんですよね。だから色も抑えめで刺繍も小さい方がいいのかなって」
「ありゃ、そうなの?」
「はい。ツナギも戦闘員じゃないから着ちゃダメとか言うし・・・。ほんと、色々と注文が多いですよね」


 バッグと言えども、黄色だったり大きく海賊旗のマークの刺繍が入っているとなれば、それなりに人目につきやすくなってしまうことは明白だ。本来であれば皆と少しでもお揃いになるようなものにしたいが、恐らくローは良しとしないだろう。
 思わず口を尖らせてそう答えると、そんなナマエとは裏腹に、目の前のシャチとペンギンは互いに顔を合わせると突然けらけらと笑い出す。二人の様子にナマエが目を丸めれば、彼らは腹を抱えたまま「ごめんごめん」と詫びを入れた。


「ほら、ツナギ着てたら目立っちまうし、戦闘員だと思われて敵に狙われちまうだろ?あの人、ナマエちゃんが狙われるリスクを少しでも減らしたいんだよきっと」

 
 確かにそういうことならば全ての事に合点がいく。ローが自分のことを思っての発言だったとは露知らず、ぶつくさと愚痴を零してしまったことが恥ずかしい。
 ペンギンの言葉を聞いて途端にナマエは居た堪れない気持ちになり、思わず己の口元を手の甲で隠した。


「あの・・・。相手の意志を汲み取れず、文句を言ってしまったのが恥ずかしいので、さっきの発言は忘れてもらえたら・・・その、嬉しいです」
「いや〜まぁでも、あの人もちゃんとはっきり言わないのが悪りぃから、おあいこでいいんじゃね?」
「そうそう。口下手だし過保護すぎて不満に思うことが多々あるかもだけど、ナマエちゃんのことを思ってのことが多いだろうから、聞ける範囲は大人しく聞いてやってよ」


 長年の付き合いだからこそ、色々とローの言動の真意を理解しているのだろう。気にするなと声をかけてくれる二人の言葉を受けて、ナマエは眉を下げたまま唇から手を外すと小さく頷いた。
 幼い頃に共に過ごした期間があり、それぞれの過去や背景を共有したといえども、ローとはまだ合計でも半年ほどの付き合いしかないのだ。ローの事をもっと知りたいという感情がナマエの心に芽生えたのは一体いつからだったろうか。
 次々と生まれてくる感情たちの名が揃って"恋心"であるということを、もういい加減ナマエは認めざるを得なかった。


***


 そんな出来事からまた数日ほどたったある日の夕方。ナマエは大きな袋を両手に抱え、廊下を小走りにかけていた。
 船に乗った日から医務室の隣にある感染症患者の隔離部屋を自室として使用させてもらっていたナマエであったが、入団後はほどなくしてイッカクの使用する女子部屋に移動していた。しかしそのイッカクがなんと感染力の強い季節風邪にかかってしまったのである。しかもすでにクリオネが同じ病気にかかってしまっており、隔離部屋が使用中であるタイミングで、だ。
 とりあえず二人を隔離部屋に押し込んではいるが、手狭な上に男女が同じ部屋なのは気兼ねなく休めないだろう。そのため女子部屋をイッカクに明け渡し、自分は物置部屋に移動しようと考えたナマエは早速荷物移動に取り掛かっていたのだ。

 最下部にある物置部屋の前にたどり着くと、ナマエはひとまず荷物を扉の前に置く。中には生憎ベッドなどはないが、彼らの症状的にも恐らく明後日には解熱して、数日すれば感染力も収まるだろう。それまでは床にタオルを敷いて寝ることになるが、そこは気合で乗り切ろうとナマエが扉を開けようとした瞬間、ふいに「なにしてんだ」と耳慣れた声が上から降ってきた。
 イッカクたちの診察から戻ってきたのか、階段から降りてきたローが顔をのぞかせる。この状況にナマエは何やら嫌な予感を覚えた。


「なんだその荷物は」
「えーと・・・イッカクとクリオネさんを一緒に隔離部屋に押し込んじゃってるから、イッカクに女部屋に戻ってもらって、私が物置部屋で寝ようかなって」


 ナマエの言葉を聞いた途端、ローはため息をつきながら、呆れ果てたような表情で額に手をやった。


「・・・物置部屋にベッドなんてねェぞ」
「分かってる。でも、気が休まらないと治るものも治らないもの。数日間くらい私は大丈夫だから」
「・・・」


 じとりとした視線は、肯定の意を示していないことぐらい考えなくても分かる。許可が得られないならばどうするべきかとナマエがその場で思わず考え込んでいれば、ふいにローがこちらに歩み寄ってくる気配を感じた。
 ナマエの傍に来ると彼は廊下に置かれた荷物を拾い上げ、ずんずんと一番奥にある自室に向かって行く。目を丸めながらローの姿を視線で追いかければ、彼は部屋の扉を開け、そしてそのままナマエの荷物たちを中に投げ込んだ。


「おれの部屋を使え。それが一番マシな選択だ」
「えっいや・・・でも」
「他に必要な荷物を纏めたらさっさとイッカクを移動させろ」


 ローはそう言い放つと、そのまま扉を閉めて部屋の中に消えてしまう。しばらくナマエはただ呆然とその場に立ちつくしたものの、取り付く島もない状況と、ハートの海賊団の一員としてキャプテンであるローの指示に従う他道はなかった。

 その後薬や喉の通りやすそうな軽食を用意し、隔離部屋へイッカクとクリオネの様子を見に行く。食事を取り薬を飲むのを確認したあと、女部屋に移動するようにイッカクに提案をしてみれば、彼女はげっそりとした顔で詫びながらも、「今回はお言葉に甘えさせてもらうわ」と大人しく指示に従ってくれた。女部屋に入ればイッカクはすぐに眠ってしまったため、ナマエは安心してそのまま部屋を後にする。

 そして自分も遅い夕食を取った後、残りの荷物を手にローの部屋に向かった。しかしいざ部屋に来たのは良いものの、ナマエは扉の前でどうしたものかとしばらく考えあぐねていた。
 使えとは言われたものの、それがローと共になのか、ローは男子部屋に移動するから一人で使えという意味なのか、一体どちらなのだろう。本人はとうに食事を終えてしまってすでに食堂に姿はなかったし、頼みの綱のベポたちもシャワー室に入ってしまっていたのか姿を見かけなかった。そのため、今回の件について事前に聞けるような相手がどこにもいなかったのだ。

 前者だと恐らく心臓がもたない。後者だと申し訳ない気持ちが勝ってしまう。扉を開ければすぐに答えが分かると頭では理解しつつも、ナマエはなかなか扉をノックする勇気を持てなかった。
 はぁと何度目か分からないため息をついた瞬間、ふいに自分の身体の周りを青い膜が囲み、浮遊感を覚える。あ、これはと思う暇もなく、気がつけばナマエはベッドの上で本を読むローの横に転がされていた。


「遅せェ」
「・・・なんで部屋の前にいるの分かったの?」
「それくらい気配で分かる」


 こちらを一瞥する視線が突き刺さる。上着を羽織ってはいるものの、相変わらず胸元がはだけた姿でベッドに横になるローを間近に見て、ナマエは思わず目を泳がせた。
 この数ヶ月で彼の裸体をかなり見慣れたと思っていたが、ベッドの上というこのシチュエーションはよろしくない。「さすがだね」とナマエは愛想笑いを浮かべながら、さりげなくベッドから降りた。


「お前、風呂は?」
「えっと、まだ」
「さっさと入ってこい」
「・・・はーい」


 何も動じない様子でローは本のページをめくりながらそう呟いた。この様子だと先程の答えは恐らく前者であろう。その事実を目の当たりにしてナマエの心臓の音はとたんに跳ね上がる。
 そんな邪な感情をローに感じ取られないよう、ナマエは慌てて風呂の用意をするとそのままシャワー室へと急いだ。少しでも気持ちを落ち着かせるために、いつもより長めにシャワーを浴びる。入念にタオルドライをした髪に、以前に奮発して買った花の香りがするオイルを忍ばせた後は、平常心を保つために艦内を散歩がてら歩いてようやくローのいる部屋に戻った。


「・・・ただいま」


 なんと言えばいいか考え抜いての言葉だった。ノックして開けた扉から中の様子を伺えば、ローは少し呆気に取られたような表情をしてこちらを見た後、「あぁ」と無愛想に返してきた。向けられていた目線はすぐに本に戻る。
 ぎくしゃくとした足取りで中に入ると、ナマエはそのまま荷物の整理をし、部屋から持ってきたタオルケットと枕をソファーの上に置いた。いびきをかかないだろうか、寝言で変なことを言いやしないだろうか、寝起きの顔を見られるのが嫌だから早めに起きようか、などなど。そんなことをぐるぐると考えていれば、ふいに後ろからローの声が投げられた。

「おい、誰がソファーで寝ろと言った」
「えっごめん。やっぱ床の方がいいかな?」

 確かにソファーだと寝返りが打てないうえに万が一落ちた時に痛いだろう。床に敷く用にもう一枚タオルケットを出そうと荷物に手をかけようとしたナマエを見て、ローはまた盛大にため息をついた。
 なんだかここ数日、ため息をつかれてばかりな気がする。また何かお小言があるのだろうかとナマエがちらりとローを見やれば、彼はぽんぽんと自分の横の空いたスペースを叩いた。


「ベッドで寝ろ。お前とおれが並んで寝れるくらいのスペースはある」


 飄々と告げるローの言葉に、ナマエはしばらく目を瞬かせて彼の顔を見つめた。言葉の意味を理解し始めると、先程船内を一周して涼んできたはずの体が一気に熱を帯びてくる。
 思いがけぬ同衾の提案に固まるナマエの反応を見てか、ローは少し不満そうに口を開いた。


「・・・昔一緒に寝たことあるだろ」
「そう、だけど・・・小さい頃の話だし」


 あの頃は異性と言えどもまだ同性の延長線くらいの認識でしかない。しかも不可抗力の中で起きたことだ。口をすぼませながらナマエが困ったように眉を下げれば、ローはおもむろに立ち上がった。


「嫌ならおれがソファーで寝るかベポたちの部屋に行くかする」
「え」
「おれが戻ってくるまでに決めとけ」


 そのまま本を片手に部屋を出ていこうとするローの服の裾を、気がつけばナマエは咄嗟に掴んで引き止めていた。自分でも予想外の行動に、ナマエははっと小さく息を飲む。上から降ってくるローの視線が、じわりじわりと身体を蝕んでいくような気がした。
 恋とは厄介なもので、時に判断力を大いに鈍らせてしまうものだ。もうどうにでもなれと半ばヤケになりつつ、ナマエはぎゅっと彼の服を握る指先に力をこめた。


「・・・嫌じゃ、ない」
「・・・」
「ローがっ、いいなら・・・お願いします」


 恐らく自分の顔は真っ赤になっていることだろう。しどろもどろになりながらもそう告げれば、一拍置いてローの手がナマエの頭の上をぽんぽんと軽く撫でる。その反応は一体どんな感情を含んでいるのか、ローの表情から読み取ることはできなかった。
 「寝るぞ」と呟くように零したローの言葉に導かれるようにして、ナマエは彼と同じベッドに横になる。普段使用しているシングルのものよりふた周りほど大きい木製のベッド。彼の身長に合わせてか、縦にも長いそれは、二人分の重みを乗せてぎしりと音を鳴らした。


「おやすみなさい」
「・・・おやすみ」


 そう挨拶を交わすと、ローの手によって灯りが消された。港に停泊中のため、ベッドのすぐ横にある丸い窓からは月明かりが差し込み、部屋の中がぼんやりと青い光で照らされる。
 ナマエはできるだけローに接触しないよう、彼の方に背を向ける形でベッドの端に寄った。もはや手や足はベッドから少し出ている状態である。寝てる最中に落ちてしまわないか心配だが、背に腹はかえられぬと持ってきた自前のタオルケットにくるまり、眠ることだけを考えて必死に目を閉じた。無心になれ、何も考えるな。そう念じているうちに、いつの間にか微睡んでいたらしい。

 ふいに何かが動く気配がして、ナマエは薄らと目を開ける。ぼんやりと視界に飛び込んできたローの胸板。いつの間に寝返りを打ってローの方に反転していたのだろうかと、ナマエはすぐさま己の意識を覚醒させた。


「・・・っあ」
「・・・悪い、起こしたか」
「えっ・・・いや、その・・・大丈夫」


 溶けてしまいそうな囁きに、ナマエは声を上ずらせて返事をする。薄明かりの中、灰色の瞳が正面からこちらを見すえていた。
 まったくもって大丈夫ではない。いつの間に向かい合わせになっていたのだろう。もしかして自分の寝相が死ぬほど悪くて、ローのことを蹴飛ばしでもして彼を起こしてしまったのだろうか。
 そんな想像をして顔面蒼白するナマエの様子を見てか、途端にローはくつくつと笑い声を漏らした。


「な、なんで笑うの」


 恥ずかしくなり思わず目の前のローの胸元を軽く叩けば、その手はいとも簡単に捕えられる。ぎゅっと強く握られる手。ダイレクトに伝わってくるローの温度に、ナマエはきゅっと口を結んだ。


「さっきまで幸せそうに寝てた奴が、起きた瞬間に顔面蒼白しだしたら笑うだろ」
「っ、寝てる顔・・・見た?」
「誰かさんが勝手にこっちに転がってきたからな」


 こちらの寝顔を見たということ、寝ぼけた様子では無いことなどを鑑みて、きっとローはまだ一睡もできていないのだろう。心配になり「もしかして眠れない?」とナマエか尋ねれば、予想通りローはただ首を縦に動かした。


「・・・ごめん、寝にくいよね。やっぱりソファーで寝ようか?」
「いや・・・いつものことだ、気にするな」


 そう呟くローの声は少し疲れが滲み出ているような気がした。王下七武海入り前から悩まされている不眠症がきっと今も続いているのだろう。
 つい先日聞いたばかりのドフラミンゴとの確執。ベポたちと同じくナマエを危険に晒す訳にはいかないと、今後の計画については概要のみで詳しくは聞かされていない。けれどきっと彼の中でとてつもない心労が積み重なっているのは明白で、ナマエは思わずローに掴まれていない方の手を彼の頭に伸ばすと、その黒髪をゆるりと撫でてやった。


「・・・誰かに頼っていいんでしょ?貴方にはハートの皆がいる。私も、貴方の力になれるように頑張る。・・・だから一人で抱え込みすぎないで」


 こう言ってもきっと彼は一人で進んでいってしまうのだろう。仲間を巻き込みたくないという優しさが先行するが故に、ローが己自身を犠牲にすることを厭わない人間だということを、ナマエも充分理解していた。
 だからこそ傍にいれる時は少しでもその肩に乗る荷を減らせるように助けたい。そして彼が安心して帰って来れる場所を皆と共に守りたい。それが自分がローにしてやれる、手を差し伸べてくれた彼に返せるものだと思うから。

 ナマエが己の思いを噛み締めるようにそう言葉を零せば、ふいにローに腕を引かれそのまま強く抱き寄せられた。
 ばくばくと強く波打つ心音は自分のものなのか、はたまたローのものなのか。境目が分からなくなるほどの距離。ナマエの首元に埋まるローの薄い唇からぽつりと言葉が紡がれた。


「半月後、おれは船から降りて単独行動になる」
「・・・うん」
「コラさんの本懐を遂げるために・・・ドフラミンゴと全てに決着をつけてくるつもりだ。・・・もしかしたらおれは死ぬかもしれねェ。それくらいの覚悟で行く」
「・・・っ」
「もし無事に生きてここに・・・お前の元に、戻ってこれたら・・・」


 そこまで言うとふいに声が止まり、そのままナマエの肩口からローは顔を離した。混じり合う視線。薄く細められた瞳が語るものは何なのか。ただ、二人の呼吸音が夜の静寂に溶けていく。
 言葉を続けることができず、押し黙ったままのローの想いを汲み取るように、ナマエはただ彼の胸元に頬を寄せた。


「ローの帰る場所を、みんなと一緒に守ってるから」


 それが今、ナマエがローに掛けてやれる精一杯の言葉であった。
 死なないで。必ず生きて戻ってきて。そう言えたらどんなにいいだろうか。けれどそれらは全て彼の覚悟を軽んじるような気がして、口にすることは憚れた。
 そんなナマエの想いを聞いて、ローは小さく息を吸うと、こちらの存在を確かめるかのように抱きしめる力をさらに強める。


「・・・ナマエ」
「なぁに?」
「・・・子守唄、歌ってくれるか?」


 ローの要望に、ナマエは薄く笑みを浮かべると彼の胸の中でその唇から歌を紡いだ。柔らかな歌声に安心するかのように、鋭さを放っていた目がゆっくりと閉じていく。
 先程までの羞恥心や緊張感はどこへやら。そんなものより、せめて今だけは彼に安らかな時を──。
 ナマエの想いをのせて、夜の闇に歌声が溶けていった。