Sabo route 06



 敵に狙われたサボを守るため、自ら盾となり銃弾に倒れたエルマーの遺体を乗せた船が革命軍本部に帰還したのは四日前──。幹部たちが集まる中厳かに葬儀が行われ、骨となった彼は夢半ばで命を落としていった同胞たちと共に島の一角に埋葬された。
 エルマーを偲んで仲間たちから送られた色とりどりの花々に囲まれた墓標の前で、ナマエは一人立ちつくす。つい一週間ほど前にいつものように見送った父がもうすでにこの世にいないだなんて、墓石に刻まれた父の名前を目の前にしても、ナマエはなかなか受け入れることができなかった。
 そんな中、じゃりっと砂を踏む音とともに、己の背後に誰かの気配を感じる。ナマエがゆっくりと後ろを振り向けば、そこには白いユリの花を持ったサボの姿があった。足や腕など、至る所に巻かれた包帯がとても痛々しい。
 父の部下たちから聞いた話では、先の戦いでエルマーが倒れたあと、サボは父を背負って銃撃が飛び交う中をいち早く船まで駆け抜けたらしい。その際に脚に受けた銃弾の出血が酷く、二日前に執り行われた葬儀の日以外は、マコモから絶対安静を言い渡され医務室に軟禁状態となっていたため、こうして面と向かって話すのはサボが帰還してから初めてかもしれない。
 黒々とした大きな瞳には、いつものような輝かしい光はない。無言のまま膝を折って花を墓標に添えた彼は、ぽつりと言葉を零した。


『・・・来るの、遅くなって悪かった』
『・・・ううん。ありがとう』


 ここ数日降り続いていた大雨が嘘のように、空には青空が広がっていた。昨日行われた葬儀の最中、大粒に降り注ぐ雫を見上げながら"エルマーの死を天が悲しんでいるようだ"とドラゴンがぽつりと呟いた言葉が、ふいにナマエの中に蘇ってくる。
 じわじわと緩み出す涙腺。鼻をすすって誤魔化そうとしたものの上手くいかず、ナマエはそのまましゃくりあげながら涙を零した。
 

『ごめん、ナマエ。・・・っごめん、な』


 絞り出されたサボの声を皮切りに、ナマエはずるずると膝から地面に崩れ落ちる。
 今までも命を落とす仲間の姿を何人も見てきていた。目の前で助けられなかった命も幾つもあった。とっくの昔から、覚悟していたはずだったのに。


『サボ・・・私、っまたひとりぼっちに・・・なっちゃった』


 母が居なくなってしまってから十年。父の元に引き取られ、最初は上手く関係性を構築できずすれ違ってばかりだったものが、サボや仲間たちを通して少しずつ親子の形を取り戻していったのだ。
 これからもずっと、平穏な日々が続くと思っていた。大切なものが無くなってしまうのは、なぜこんなにもいつも突然なのだろうか。



『・・・私も、お母さんとお父さんのところに行きたい』


 脳に酸素が回らない。嗚咽まじりで必死で息を吸い込みながらナマエがそう小さく呟けば、ふいにサボの手が伸びてきて、そのまま勢いよく抱きしめられた。


『おれが・・・!・・・っおれが、ずっと傍にいる。ナマエのこと、絶対に一人にしねェから』



 ぎゅうっと腕にこもる力とともに、彼の悲壮な声が加わった。サボを責めたい訳などでは決してないのに。きっと今、自分の存在と言葉は、彼の心を切り裂くナイフとなってしまっているだろう。
 駄目だと分かっているはずなのに、壊れてしまった歯車をナマエは自分自身で止める事ができなくなってしまっていた。
 

『おれに出来ることなら、なんでもする』
『・・・』
『だから・・・っ』


 鼻につく消毒液の匂いが、まるで麻酔薬のようにナマエの思考を完全に停止させる。
 傍にいて欲しい。貴方の存在が欲しい。大切に育てた淡い恋心が、一つ間違えれば狂気に色を変えてしまうのだなんて知らなかった。



『・・・サボ』
『・・・なんだ?』
『抱いて・・・ほしい』
『・・・っ!・・・お前・・・何、言って』
『一人ぼっちは・・・もう、嫌なの。ずっと一緒にいてくれるなら・・・っ貴方が傍にいるっていう証明を、私に刻んで』


 駄目だ、いけない。もう前のような関係に二度と戻れなくなる。脳内で警鐘が鳴らされているのにも関わらず、まるでナイフを振り上げるようにしてナマエは震える唇から言葉を放った。
 涙で滲む視界の中で見えたサボの引き攣った表情は、死ぬまで忘れることができないだろう──。

 "ごめんね、サボ"──。
 そのたった一言を、いつかきちんと貴方に伝えたかった。
 



Sabo route 06




「ここからバルティゴまで船だと二日はかかるわ。騒ぎになる前に隣島に移動しとくべきよ」


 ふいに耳に入ってきた言葉に、ナマエははっと意識を覚醒させた。冷たい無機質な床に転がる己の体。視界の端には、ゆらゆらと揺れるロウソクの火が映る。真っ暗な倉庫の中で光りを放つ唯一の灯りの先をたどれば、そこにはコンテナの上に座るカナリアの姿があった。
 もしかして助けてくれたのだろうか。そう思い身体を動かそうとするものの、手首をロープか何かで縛り上げられているのか、身体を起こす事もままならない。同時、カナリアの横で腕組みをして立つキリルの姿に気が付き、ナマエははっと息を飲んだ。
 もぞもぞと動く気配を感じたのか、二人の視線が地面に這い蹲るナマエの方へ向く。白い歯を見せながら、「おはよう」と微笑む彼女の様子を目の前にして、ナマエは背筋が凍るような思いでカナリアを見上げた。


「お腹すいてるでしょ?パンでもいかが?」
「バカかお前。縛り上げてんだから食えるわけねェだろ」
「あら。人質と言えども餓死でもされたら大変じゃない。可愛い可愛い妹分なんだから、貴方が食べさせてあげたら?」


 ため息をつくキリルに、カナリアはケラケラと嘲笑うかのような下品な笑い声を漏らす。いつも可憐に微笑む、絵に描いた淑女のような彼女は一体どこへ行ってしまったのだろうか。
 革命軍で見ていた姿とは180度違うカナリアの様子に、ナマエは必死で頭を働かせて状況を飲み込もうとするも、ズキズキと後頭部に走る痛みが邪魔をする。


「・・・っ、なんで・・・キリルさんとカナリアが・・・」
「うっそぉ〜!この期に及んで、まだ分かってないの?」
「しょうがねェだろ。お前と違ってナマエは何も知らねェ子供なんだから」
「えーっ私のほうが一つ下なんですけどォ」


 ぶつくさと文句を垂れるカナリアをよそに、キリルはこちらに近づいてきてナマエの前にしゃがみこむ。ロウソクの光に照らされた巨体が、いつも以上に大きなものに感じてしまう。
 こちらを見下ろす顔は影を帯び、今彼がどんな表情をしているのか、全く読み取れなかった。


「・・・邪魔だったんだよ、あいつが」
「・・・あいつ?」
「"革命軍No.2"・・・それは将来、おれが貰うべき通り名だった。なのに・・・あいつがいたから!あいつが邪魔をしたから!!」


 突然キリルは怒号をあげ、近くにあったコンテナを蹴り飛ばした。ぐしゃぐしゃにへこんだそれは、見るも無惨な姿に成り果てる。息を飲むナマエとは裏腹に、その様子を後ろから見ていたカナリアは、慣れた様子で肩を竦めた。


「必死で任務をこなして、信頼を得るためにお前みたいな餓鬼の相手もしてやって・・・。十五年もかけておれの地位を築き上げたんだ!!なのにっ後からきたサボが、いとも簡単にそれを全部奪っていっちまった!」
「・・・」
「だから早いうちに始末しようとしたのに・・・。エルマーさんが、邪魔なんてするから」


 ブツブツと独りごつように零れたキリルの言葉に、ナマエは思わず目を見開いた。サァっと一気に血の気が引くような感覚と共に、唇ががたがたと震え出す。
 まさか、そんな。父は敵の銃弾に倒れたと聞いていたはずなのに。


「・・・あなたが、殺したの?父さん・・・を?」
「敵のふりしてどさくさに紛れて撃ったんだけどなァ。まさか瞬時に反応してサボを庇うなんて、予想外だったよ。やっぱエルマーさんはすげェ!ってあの時は思ったなァ」
「っな、んで・・・!」
「おいおいおい〜恨むならおれじゃなくてサボを恨めよォ?おれに撃たせた原因を作ったのは、あいつなんだからな。実質、エルマーさんを殺したのはサボみたいなもんだよ」


 ぽろぽろととめどなくこぼれ落ちてくる涙。支離滅裂な言い訳を並べるキリルの言葉を、ナマエはただ聞くことしかできない。
 きっと何を言い返しても無駄だろう。彼は自分が悪いだなんてひとつも思ってない。ただの逆恨みで、人の命を奪う選択を簡単に出来る人間なのだから。そんな者によって、父は命を奪われてしまったのか。そして自分とサボも、人生を狂わされてしまったのか。
 行き場のない憤りと悔しさが、ただナマエを蝕んでいく。


「次こそサボを仕留めようと、送り込んだのがカナリアだ。元から外部の諜報員として使ってたカナリアであいつを籠絡させようとしたんだが、ガードが固くてなァ。そうこうしてるうちに、何があったかしらねェがお前が勝手にいなくなってくれたから、このまま上手くいくと思ったのに・・・サボの野郎、急に掌を返しやがってよォ」
「ほんと!散々思わせぶりなフリをしてきてたのに、急に『今は恋愛とかは考えられない』とか言い出したのよ?あ〜もうっ思い出しただけでイライラしちゃう!」


 黙って事の成り行きを見守っていたカナリアが、突然話に割って入ってきた。自分が拒否されたことがよほど悔しいのか、彼女はその美しい足に良く似合う黒いパンプスのヒールでカンッと鋭くコンテナを打ち鳴らす。しかし次の瞬間にはころりと態度を豹変させ、口角を上げながら彼女は懐から何かを取り出した。
 カナリアの手に握られているのは、薄暗さの中でも輝きを放つ青い宝石のネックレス。サボからの贈り物で、気を失う寸前にナマエの首元から奪われたものであった。


「だから今度は貴方を使って、サボをおびき寄せようってなったの。最近は怪しまれてそうな感じもあって、少し身動きが取りずらくなってきたからね」
「っ・・・革命軍を辞めた身の私を人質にしても、サボが来るわけないじゃない」
「そうかしら?腐っても幼なじみだし、元恋人なんでしょ?」
「・・・ちがうっ、サボとは・・・そんな関係じゃないわ。だから・・・!」
「え〜っ!うっそぉ〜!もしかして、セフレとかだったの?」


 自分なんかのために、これ以上彼を苦しめないでくれ。そんな気持ちからナマエはカナリアの言葉を否定するも、彼女はただ楽しそうに声を弾ませるだけであった。


「まぁなんにせよ、とりあえずやってみなきゃ分からないでしょ。手始めにこのネックレスを封筒に入れて、貴方が手紙を書くの。『今私は不治の病にかかっています。父の遺品を直接渡したいから、会いに来て欲しい。』ってね」
「そう。そしてのこのこやってきたサボの野郎に、お前がこの薬を飲ませるんだ」


 カナリアとナマエの会話を見守っていたキリルが割って入ると、彼はことりとナマエの目の前に手のひらほどの小瓶を置く。琥珀色の液体の入ったそれに、ナマエは見覚えがあった。
 間違えるはずなどない。瓶に貼られたタグにはナマエのサインが書かれており、自分が革命軍にいる時に精製したものなのだから。
 「どうやってこれを持ち出したの!?」と声を荒げてキリルを睨みつけると、彼はおっかなびっくりと言った様子で、掌をひらひらとさせて肩をすくめた。


「命に携わる仕事をしてる奴でも、金に目が眩む野郎はいくらでもいるだろ。まぁ、そいつももうこの世にはいねェけど」
「っ・・・!」
「にしてもお前もえげつねェもん作るよな。聞くに、マコモの爺さんでもなかなか完成できなかった代物らしいじゃねェか。この"安楽死"できるっつー薬は」



 彼の言う通り、小瓶に入っている薬は、ナマエが一年前に精製した"人を安楽死させる"際に用いるものであった。革命軍では戦いで大怪我を負ったり、任務の最中、疫病にかかることで苦痛にのたうち回りながら死んでいく者も多い。不治の傷病者を死苦から解放してやりたいという想いから、マコモが薬の研究を長年行っていたのだ。
 十八になり薬剤師免許を取ったナマエもその研究に参加することになり、最終的にナマエが主体となって精製を行い、薬を完成させたのだ。複雑な工程から、作れるのは当然ナマエとマコモの二人のみである。万が一、外部に持ち出されては大変な代物であるため、薬の存在を知るのは医療チームでもほんのひと握りの人間だけであり、ストック用の一本は、鍵をかけて厳重に保管されていたはずなのに。


「毒物だと匂いはもちろん、口にした瞬間に気づかれそうだしなァ。それに反してこれは甘い香りと味で大層分かりにくいらしく、暗殺にもってこいの代物だと聞いたよ」
「やめてっ・・・!私はそんなことをする為にそれを作ったんじゃない!!」
「おうおう〜そうだなァ。でも、お前がこれを使ってサボを殺してくれなきゃ、お前はおれに殺されちまうんだ。命より大切なものなんてねェだろう、ナマエよ」
「っ・・・」
「おっと。建前だけ協力するフリなんてのは辞めてくれよ?お前がちゃんとあいつに薬を飲ませるのを見届けるまで、お前の今働いている病院の人間を人質に取る予定だからな。大丈夫だ。サボを殺してくれたら、お前も他の奴らにも一切手を出さないと約束しよう」


 かつて父・エルマーの元で人々を救うために革命を唱え、希望に目を輝かせていた青年はどこへ行ってしまったのだろうか。黒々とした瞳はいつしか欲望に苛まれ、地位や名誉しか映し出されていないのだ。
 そんなキリルの姿を見上げながら、ナマエはなんとか頭を働かせる。自分の命なんて、どうでもいい。しかしここでNOと突き返しただけでは、自分が殺された後に、別の方法で薬を使われてしまうかもしれない。もちろん協力するフリをして途中で裏切ってしまえば、全く関係の無い人達に危害が及んでしまう。
 それらはどうにかしてでも避けなければならない。そう考えたナマエに選択出来る道は、もう一つしか残っていなかった。



「・・・弱虫」
「あ"?」
「・・・No.2になりたいなら、正々堂々と戦ってサボからその地位を奪えばいいじゃない。それができないから、そんな薬に頼るんでしょ?」


 ナマエの唇から吐き出された言葉に、キリルの目の色が変わったのが見て取れた。ばくばくと高鳴る心音を飲みながら、ナマエはただ目の前の男を見据える。


「貴方みたいな腰抜け野郎が、革命軍のNO.2に・・・ましてや幹部にすらなれるわけがない。生前父も言ってたわ。『キリルは器が小さい』『あれじゃあ仲間は誰もついてこない』って。父が生きてたとしても、貴方を幹部に推薦なんてしなかったでしょうね」
「ってめェ・・・」
「現に実力はあるはずなのに、いい歳した貴方を押しのけて、サボやコアラが幹部になってる。サボを殺したところで、彼の後釜に貴方が入れるはずもない。そんなことも分からないの?本当に残念な人ね」


 そう言い切るや否や、ナマエの横腹に勢いよく振りかざされたキリルのつま先がめり込んだ。内蔵を抉るような痛みが走り、反動で身体が弾き飛ばされ、そのまま近くのコンテナに激突する。蹴り飛ばされた衝撃で口から唾液を漏らしながら、それでもナマエは何とかキリルの姿を捉えた。
 彼は薬の小瓶を掴むと、見たことの無い形相で地面に転がるナマエの元へ歩んでくる。「キリル!」と彼を止めようとするカナリアの声が、土埃の舞う倉庫に反響した。



「・・・協力する気はねェってか?」
「・・・っ当たり前よ。げほ・・・っサボは何千何万という人たちを救えるような人だもの。その価値は、貴方なんかと・・・比べ物にならないわ」
「そうか。なら・・・」


 生気の抜けた声でぼそりと呟くと、キリルは小瓶に手をかけ蓋を取る。キュポンっと小気味良い音をたてて開いた瓶の中からは、バニラのような甘い香りが漂った。


「元より用心深い野郎だし、あいつの信用している人間以外がこれを飲ませるのは難しいと踏んでたんだ・・・。カナリアも使えなかったし、お前が協力しねェってんなら、使い道がねェよな」
「そう、ね・・・」
「せめてもの慈悲だ。エルマーさんの娘っていうよしみで、この薬で楽に殺してやるよ。あの世でエルマーさんによろしく伝えてくれ」


 
 キリルはナマエの髪の毛をおもむろに掴み取ると、そのまま勢いよく引っ張り上げ、小瓶を口元に近づけた。
 そう、それでいい。薬さえ使わせてしまえば、サボに命の危険が及ぶリスクは一気に減るはずだ。自分の作った薬で、誰かの命を殺めることにならなくて良かったと、ナマエの心には安堵感が広がっていた。
 ゆっくりと瞼を閉じれば、今までの思い出が走馬灯のように脳裏に駆け巡る。母と父、コアラやマコモなど革命軍のメンバー、そして立ち直るきっかけをくれたローたちハートの海賊団の面々。たくさんの人たちの顔が次々と浮かび上がり、消えていく。最後に浮かんだのはやはり、眩い太陽のように輝くサボの笑顔であった。

 ずっとずっと、大好きだった──。
 傍に居たいと、幸せにしたいと初めて思った人だった──。

 その想いは叶うことがなかったし、願いとは裏腹に、自分の存在が彼を悩ませ苦しませることになってしまったけれど、サボに幸せになって欲しいという気持ちは今も昔も変わらない。これから先、どんな未来が待ち受けていようとも、彼にたくさんの幸せが降り注ぎますように。

 開いたナマエの目から、一粒の涙が流れ落ちる。キリルの太い指によっておもむろに口を開かされ、瓶の縁が唇にかかったその時──。
 頭上にある真っ暗な天井に、大きな丸い赤い影が浮かび上がった。それはまるで、真っ赤に燃える太陽のよう。無意識にナマエが空に手を伸ばしたと同時、天井が一気に炎に包まれ、燃え落ちる瓦礫が頭上に降り注いだ。


「きゃああああああ!!!」
「なんだっ!!?」


 ゴゴゴという唸るような地響きとともに、カナリアの悲鳴とキリルの怒号が飛び交った。慌てて入口の方に逃げようと、キリルは薬とナマエを投げ捨て走り出す。
 縛られているため受身を取ることができず、このまま頭を地面に打ちつけると覚悟した次の瞬間──がしりと腕を掴まれたかと思えば、ナマエはそのまま勢いよく誰かに抱き寄せられた。
 視界に広がる青色。暖かい陽だまりのような、心休まる香り。緩やかなウェーブのかかった金色の髪の毛が、さらりとナマエの頬に落ちてくる。



「っ・・・無茶しやがって、馬鹿野郎」


 絞り出されたようなかすれた声が頭上から降ってきて、逞しい腕がナマエの身体を力強く包み込む。
 今際の際の幻想などではない。しっかりと肌に感じるその存在にじわじわと涙が溢れ出し、水の膜が視界を覆っていく。背中に炎を宿して太陽のように光り輝く男の名を、ナマエはゆっくりと呟いた。



「・・・──サボ」