04



 ベポに船内を案内してもらいながら色々話を聞けば、ナマエが滞在することになったハート海賊団はローとベポ、そしてシャチとペンギンの四人で旗揚げしたものらしい。まさか島で関わった海賊が全員同じ船の船員だったとはなんたる偶然だろうか。
 最後に自室となる部屋に案内されたナマエは、ようやく背負っていたリュックを肩から下ろす。ベッドと小さなテーブルのみがあるその小さな部屋は、感染力の強い病にかかった者が出た時の隔離部屋として使用されているものらしく、先程ローが言っていた医務室のすぐ隣にあった。


「じゃあおれはキャプテンのとこ行くからまたあとでな!なんかあったら誰かに声かけて!」


 そう言うとベポはそのまま隣の部屋に吸い込まれるように消えていった。
 潜水艦とあって部屋にある窓から深い海の色しか見れないが、腹の具合を考えるにすでに夕飯時だろう。あとで時計を借りれるか聞いてみようと、ナマエは机の上でリュックの中身を広げた。


「財布と救急道具に薬剤師免許、あと手帳・・・ 」


 大切なものは基本的にこのリュックに全て詰め込んであるのだが、何か島に置いてきていないかの確認作業を行う。暫くはあの島に住むつもりだったため、少ないながらも購入した衣服や日用品などは無駄になってしまったがやむ無しだ。
 そんなことを考えながら、最後に出てきた手のひらサイズの小さな巾着の紐を緩めると、ひらりと何かが飛び出してくる。中から出てきた小さな白い紙切れはナマエの手のひらに乗ると、そのままぴたりと動きを止めた。
 命の紙と呼ばれるビブルカード。サボに渡していた己のビブルカードを、ナマエは革命軍を去る時にこっそりと回収してきていたのだ。
 チェーンが切れてしまったサボからの贈り物であるネックレスをポケットから取り出すと、ナマエはそのビブルカードとともに大切にしまった。



04


 食欲をそそる匂いがたちこめる食堂で、ナマエは配膳の準備を手伝っていた。しばらくお世話になる身としてまずは何か手伝えることはないかと部屋を出たところ、女性船員のイッカクに声をかけられて仕事を手伝うことになったのだ。


「あれっイッカク、その子が例の子?」
「そうそう!シャチとペンギンの命の恩人!ナマエよ」
「おれ、ウニ」
「おれはクリオネ!なんか困ったら声かけてくれな」
「はい、よろしくお願いします」


 スープを碗によそいながらナマエが挨拶をすれば、彼らはにこやかに返事をしてくれる。船長が強面なのに反して、ハートの海賊団はずいぶんと友好的な船員が多いようだ。  
 鍋の中身がだいぶ減った頃合に、ようやくローを筆頭にペンギンとシャチ、ベポの四人が食堂に姿を現した。彼らにも配膳を終えると、イッカクに自分の分を取るように指示される。
 いそいそと用意をすませ、どこの席が空いているかとナマエが右から左へと視線を泳がせていれば、左端のテーブルにいたシャチがこっちに来るようにと手を振って合図してくれた。


「お邪魔します」
「どーぞどーぞ」


 シャチとペンギンの間に挟まれるように用意された席に腰を下ろせば、向かいにいたローはちらりとこちらを一瞥しただけで何も言わず食事を続けていた。代わりにローの隣に座るベポがパン屑を頬につけたまま、身を乗り出してくる。


「イッカクと仲良くなれそう?」
「うん。何か手伝えることないかって聞いたら一緒にやろうって言ってくれたの」
「そっか。女の船員ってイッカクしかいねぇから、きっとナマエが来てくれて喜んでると思うよ!」


 ベポの言葉に先程顔を合わせた船員たちの顔を思い出せば、確かに女性の船員はイッカク以外誰も見かけなかった。革命軍も構成員の大多数が男ではあるが本部には女性スタッフが集まっていたし、ベロ・ヘディやコアラのような女性幹部もいたため、このような男だらけの世界で生活するのはナマエにとって初めての体験である。
 そんなことを考えながら、ナマエはいただきますと手を合わせて、ゆらりと湯気のたつ温かいスープを口する。慣れない場所で少し気を張っていたのか、じんわりと心がほぐれていくような気がした。


「キャプテン、それ食わねぇならください」
「ずりぃ!おれも!」
「勝手に取れ」


 ふいにペンギンがそう声をあげれば、ローは白い丸パンが二つのった皿をこちらに突き出してくる。もしかして少食なのだろうかとその様子を見ていれば、ペンギンとパンを分けたシャチが名案といわんばかりにパチンと指を鳴らした。


「なぁナマエちゃんにキャプテンのおにぎり係やってもらうってのはどうだ?」
「おにぎり係・・・?」
「いいなそれ!クレーム多発してから、キャプテン炭水化物を全然食べない日が出来ちまったもんな」


 やんややんやと騒ぎ出す周りの声を要約するに、どうやらローはパンが苦手で一切手をつけないらしい。
 ハートの海賊団には専属の料理人がおらず交代制で食事当番を回しているのだが、ただでさえ料理を専門としていない人間からすれば、キャプテンといえどもローの為だけに別途米を炊くのはめんどくさいとクレームの嵐が巻き起こったそうだ。かといってわざわざ自ら米を炊くような性格でもないローは、パンが出る時は炭水化物を摂取することなく食事を終えていたため、ペンギンたちは健康面で心配していたらしい。


「この人、読書に熱中して食事取らないこととかざらにあるんだよ」
「そうそう!キャプテンのためはもちろんだけど、おれらも食事当番当たる時にメニューに気ぃ使わなくて済むからさ!」
「えっと、お役にたてることなら・・・」


 得体の知れない自分が大切なキャプテンの食事を作って大丈夫なのか。そう思いつつもナマエが恐る恐る頷けば、クルーたちの盛り上がりようを一歩引いて見ていたローは、はぁとため息をつく。しかしナマエの方に目線を合わせると、意外にも素直に「助かる」と小さく呟いた。
 きっとペボたちから、ここ数日屋台で買ってきていたおにぎりの製作者が実はナマエであったという話を聞いたのであろう。感謝を述べられているのにも関わらず、そのするどい眼光の前では恐縮することしかできず、ナマエはぺこぺこと頭を下げた。


「キャプテン良かったね!ナマエの作ったおにぎり、こないだも今日のお昼もぺろっと食べてたもんね!」
「・・・部屋に戻る」


 にこにこと笑顔を浮かべるベポの言葉とは裏腹に、食事をとうに済ませたローはそのまま食堂を出ていってしまう。
 思わずシャチとペンギンの顔を交互に見ると、彼らはにやにやと笑顔を浮かべた。


「飯食ったらキッチンの中の説明するからさ、あとでキャプテンにおにぎり持っていってやってよ」
「ちなみに梅干しは絶対NGな」


***


 それから一時間後。ナマエはおにぎりを二つのせた皿を片手に、ローの部屋の前でどのように声をかけるべきか考えあぐねていた。
 シャチたちに調理場の使い方を聞いたあと、さっそく作ってあげてと言われたため、せっせっと米を炊いておにぎりをこさえたのだ。昼間にベポが購入していったものとできるだけかぶらないように具材を選んだが、果たしてお気に召してもらえるのだろうか。

 ええいままよ、とドアをノックするも、中からは何も返事がない。不在だろうかとナマエが首を傾げていれば、ふいに後ろから「おい」と声をかけられる。
 振り向けば、そこにはタオルを首にかけた上半身裸のローの姿があった。風呂上がりと思しきローの髪の毛は少し濡れており、それがなんだか幼く見えた。


「何か用か」
「えっと・・・。おにぎり作ったので、もしよろしければと・・・」
「・・・」
「あっ、要らなかったら私が食べるので、気にしないで下さい」


 目のやり場に困ることもあって、ナマエは視線を斜め下に向けたまま、慌てて自室に戻ろうとする。
 しかしローの横を通り過ぎようとした瞬間、ふいに腕をがしりと捕まれたため、ナマエは思わず彼の顔を見あげた。


「いらねぇとは言ってないだろ」
「えっあの、でも」
「食うから寄越せ」


 ローはその長い腕でナマエから皿を奪い取ると、そのまま一つを手に取って頬張った。呆気に取られたナマエがローを凝視すれば、彼は気に食わない様子で眉をしかめる。


「何だ」
「えっと・・・例えば私が悪い奴で、毒とか入れてるとか思わないのかな、って」
「・・・あいつら助けるために自分の命張った奴が、そんなみみっちぃことしねぇだろ」
「それは・・・まぁ」
「あいつらから色々話を聞いて、おれらに対して悪意はないと総合的に判断したまでだ」


 ぺろりと一つをあっという間に平らげると、ローは残り一つのおにぎりを掴みあげる。そして皿をナマエの方に突き返してくると、そのままナマエの横を通り過ぎて自室のドアノブに手をかけた。


「また頼む」


 小さな声とともに、ガチャンと部屋のドアが締められた。
 ローの言葉を聞くに、どうやら少なからず船に滞在している間は酷い扱いは受けないようだと、ナマエは少し胸を撫で下ろす。
 一体これからどんなことが待っているのだろうかと、未知なる期待と不安を胸に抱きながら、ナマエは空っぽになった皿を片手にキッチンへと戻った。