05



 ハートの海賊団にナマエが身を寄せてからはや四日。近くにある島に上陸することになり、ポーラータング号はようやく水面からその姿を現した。
 食堂で船員たちが集まり、食料買い出し係、船番係とそれぞれ仕事が分担されていく中、ナマエはベポたちを探す。入口のテーブル近くでベポの姿を見つけると、そこには地図を片手に何やら話すローとペンギン、シャチの姿もあった。


「ナマエどうしたの?」
「あの、みんなも島に降りるのかなって聞きたくて」
「ペンギンとシャチは船番で、おれはイッカクたちと船の整備だから今回は島に降りねぇんだ」
「そっか・・・」


 残念そうなナマエの様子を見て、シャチが「なんか用事でもあったか?」と声をかけてくる。巻き込まれたといえども居候の身としてこんなことを言うのは心苦しいが、背に腹はかえられぬとナマエはおずおずと口を開いた。


「実は服とか色々足りないから買い物したくって・・・。すみません、わがまま言っちゃって」
「いやいやいや!そうだよな!おれらのせいでなんも持ってこられてないもんな、ごめんなぁ・・・」
「半日くらいしか滞在しねぇ予定だから、船番代わってくれる奴探すか〜」


 そう言ってきょろきょろあたりを見回すペンギンであったが、彼はすぐ横に立つローの姿を見るや否や、ぴーんと閃いたように指を鳴らした。


「キャプテン」
「・・・なんだ」
「こないだナマエちゃんのとこで薬買ってたから、今回は調達とか行かないはずっスよね?」
「・・・」
「あっ無言の肯定」
「よし!てことでキャプテンがついてってくれるから買い物行ってきな」


 良かったなと笑う外野とは裏腹に、真顔で眉をひそめたままのローの姿を見て、ナマエは内心冷や汗を流していた。
 ここ数日おにぎりの差し入れ効果があってか、出会った当初よりは幾分か接しやすい雰囲気になったローではあるが、二人きりとなると話は別である。
 それにロー自身もきっと嫌だろうとナマエが断ろうとした瞬間、ふいにローが椅子から立ち上がる。そして横に立てかけてあった鬼哭を手に持つと、彼はナマエの方へ振り返った。


「さっさと行くぞ、薬屋」



05


 服と日用品、その他もろもろ。買い込んだものを詰めた袋たちを手に、ナマエとローは島の中心街を歩いていた。


「すみません、荷物持ちまでさせてしまって・・・」


 ローの一歩後ろを歩きながら、ナマエは申し訳なさそうにそう述べる。
 一から色々と揃えるとなるとかなりの量になってしまい、見かねたローが荷物を持ってくれることになったのだ。半分、否、八割方はローが持っており、ナマエの荷物はリュックと手に紙袋が一つ握られているのみである。
 何度も断ったものの、ローの威圧に負けてしまったため、ナマエは彼の意に大人しく従った。


「・・・気にするな。それより他にもう寄るとこはねぇのか?」
「あ・・・えーっと」
「あるなら言え。まだ時間はある」
「・・・じゃあ、宝飾店に行ってもいいですか?」


 言い淀むナマエに目ざとく気がついたローは、歩みを止めてこちらに振り返る。時間があるならばと、ナマエは今度は素直に行きたい場所を告げた。
 先程通ってきた道すがら見かけた宝飾店。サボからもらったネックレスのチェーン修理をしようと一度は自分でやってみたのだが、いかんせん素人では上手くいかなかったため、店で修理してもらいたいと考えていたのだ。
 いっそのこと潔く捨ててしまおうかとも思ったが、どうにもそれが出来なかった。ナマエの傷ついた心のように壊れたネックレスをそのままにしておくのも忍びなく、せめて綺麗な状態に戻しておこうと思ったのだ。

 ローの許可を得て、そのままナマエとローはすぐ近くにある宝飾店にむかう。店の主人に話をしてネックレスを出して見せれば、彼はルーペで宝石を観察しながら感嘆の声をあげた。


「いやぁ〜こりゃいいブルーサファイアだ!」
「そうなんですか?」
「ああ。サファイアの非加熱のものなんて市場にはなかなか出回らないからね。それに色合いもかなりいい・・・もしかするとコーンフラワーブルーかもしれないぞ」


 饒舌な口調で語る店主の言葉に、ナマエはそのネックレスをまじまじと見つめた。

 正直なところあのような関係を持つまでは、サボも自分と同じ気持ちでいるのではと思うことが少なからずあった。誕生日に彼がこのネックレスをくれたのもまさにそうである。
 けれど父親の死がきっかけで仮初の恋人のような関係になった途端、まるで一線を引いたようにサボとの間に少し距離を感じるようになったのだ。

 サボの本心が読めないまま、そんな曖昧な関係を続けていたところにあのカナリアの事件が起きた。やはりサボの気持ちは自分には向いておらず、全てはただの罪滅ぼしの行為だったのだとあの時のナマエはそう判断したのだ。
 しかしこうしてネックレスの話などを聞くと、再びサボに対して淡い期待が巻き起こってきてしまう。もう会わないようにと決別してきたのに、なんて単純な思考回路なのだろうと、ナマエは己の甘さを呪った。

 そんなことをぐるぐる考えていれば、ふいに横にいたローに「おい」と肘でせっつかれ、ナマエははっと我に返る。視線を前に戻せば、にこにことした笑顔を浮かべてこちらをむく店主の姿があった。


「すみません、ちょっとボーッとしちゃって。なんですか?」
「えーっとね、この石なんだけど・・・」
「はい」
「売る気はあったりする?もしお嬢さんにその気があるなら、鑑定していい値段で買い取らせてもらうよ」


 その言葉に、ナマエは一呼吸おくと、ゆっくりと首を横に振った。


「ごめんなさい。売る気は無いんです。大切な人からもらったものなので・・・」
「そうかそうか。変な話をしちゃってごめん
よ。じゃあチェーンの修理させてもらうから、少し待ってもらえるかい?」
「はい、お願いします」


 カウンターのすぐ横にある作業台に向かう店主を見送って、ナマエは小さくため息をついた。己の気持ちに整理をつけるのには、まだまだ時間がかかりそうだった。



***


 修理が終わり、宝飾店を後にした二人は、店から程近い場所にあった大きな公園の広場にいた。
 まだ時間が許すなら、荷物を持ってくれたせめてものお礼に何かご馳走させて欲しいとナマエがローに言ったためである。反対されるかと思いきや、歩き疲れていたのか意外にもローは首を縦に振った。

 コーヒーを頼まれたナマエは荷物をベンチに座るローに預け、キッチンカーの女性の店員に声をかける。ローの分と自分が飲むミルクティーを注文すれば、ふいに店員に「コーヒーにミルクと砂糖はいる?」と尋ねられた。ローが食堂などでコーヒーを口にしているのを何度も目にはしていたが、果たしてそれになにが入っているかなど、付き合いの浅いナマエが知る由もない。
 走って聞きに行こうと振り返るも、後ろに他の客が数人並んでるのを見て、ナマエはここからローに声をかける手段を選んだ。


「えーっと・・・キャプテン!ミルクと砂糖って入りますかー?」


 咄嗟になんと呼べばいいか迷ったが、ベポたちに習ってキャプテンと彼に声をかければ、ローは少し呆気に取られたような顔をしながらも一拍置いて首を横に振る。
 金を支払い商品を受け取ると、ナマエはそれを零さないように気をつけながらも小走りにローの元へ戻った。


「コーヒーです、どうぞ」
「あぁ」


 ローにコーヒーを渡し、ナマエは荷物を挟んで彼の横に腰を下ろす。ミルクティーを飲んで一息ついていれば、同じくコーヒーに口をつけていたローがぼそりと呟いた。


「・・・ローでいい」
「え?」
「呼び方だ。お前はうちの船員じゃねぇんだから、キャプテン呼びはおかしいだろ」
「あ、そっか・・・そうですよね」


 先程の呼ばれ方がロー自身も何か引っかかっていたのか、そのように言われ、ナマエも納得したように頷く。


「分かりましたローさん」


 そうナマエは彼の指示通りに名を呼んだはずなのに、なぜかローは眉間に皺を寄せたままコーヒーを口に含んだ。


「・・・なにかダメでしたか?」
「・・・呼び捨てでいい」
「えっ!いや、それはちょっと・・・」
「ベポは呼び捨てだろう」
「ベポは同い年って聞いてますので。ローさん、多分私より年上ですよね?」
「・・・二十五だ」
「やっぱり。四歳も上なのに呼び捨てなんてできませんよ」


 先程の言葉を借りて言うのであれば、船員でないのならば尚更だ。
 そう返すとまた不機嫌な顔をするかと思いきや、ローは何かを確かめるようにじっとナマエの顔を見つめたあと、「好きにしろ」と呟くとそのまま目線を下に動かす。ローの瞳は、ナマエの胸元で再び輝きを放つブルーサファイアのネックレスを捉えていた。


「それ・・・親の形見か何かか?」
「え?」
「シャチたちを助けて海兵から逃げる時に、それを拾ってたから逃げ遅れたんだろ?」


 ローの言葉にナマエは首を横に振る。
 修理後、袋にしまおうとしたのを見た店主に「せっかく綺麗でいい石なのにしまっておくのはもったいないよ!」と息巻いて言われたため、また定位置に戻ってきたネックレスの石をナマエはぎゅっと握りしめた。


「両親ではないです。幼なじみというか、昔の仕事仲間というか・・・。どう表現したらいいか分からないんですけど」


 ゆらゆらと白い湯気がたつミルクティーを見つめながら、「私が一番幸せになって欲しいと思う人からもらいました」とナマエは小さく呟いた。
 それはまるで、自分が傍にいるとサボは幸せになれないから離れたことは正解だったんだと、己に言い聞かせているようだった。

 その答えに、ローはもう何も言わなかった。