04


「壱くん、これね、おいしすぎる…!」

初めてだと思った。苦を感じないで話す事。

そう言ってキラキラと目を輝かせて微笑んだなまえさんに俺の口元も少し緩む。彼女の表情につられてしまう自分がいることにも驚いた。

「…ありがと、」
「んふふ!どういたしまして!」

会う度に印象が変わって面白い人。よく笑うし、しかも意外に子供っぽい一面もある。

「今まで飲んだカフェオレの中で一番美味しい!すっごく私好みなの!」

甘い物が好きと聞いて、ミルクと砂糖の割合を増やしたのは正解だったな、なんて。
珈琲淹れるのは好きだ。小さい頃から親父の見よう見まねで淹れていた。そしていつも試しに飲んで「うえ…」と顔を苦くするハルに昔は無邪気に笑ってた気がする。
そういえば…今日は珍しくよく笑ってるかも。なまえさんの可笑しな言動とか日本語とか。リアルプリンスってマジ何?

「珈琲屋さんって、面白そうだね」
「そう?」
「うん、昔一度喫茶店のマスターが夢で色々考えてたもん。店の一角に人生プチ相談コーナーおこうとか」
「人生プチ相談コーナーって?」
「私がそこに座ってお客様の悩み事を聞くの!」
「…例えばどんな?」
「うーんと…会社の上司と上手くいかない、とか!」

それなまえさん答えて大丈夫?あんなけドンパチやってたくせに。

「…で、なまえさんは何て返す?」
「そんなムカつく上司はぶっ飛ばせ」
「ぷ…っ!」

しっかりとパンチを構え、目を輝かせて言うなまえさんに笑いが止まらない。ヤバい…マジで馬鹿だ、この子。

「ちょ、今笑うところ?」
「や、…なまえさんって本当バ…じゃなくて」
「いいもん!もうバカで結構!」
「ごめん、ごめん。はい、チョコレートあげるから許して」

アーモンドチョコレートを差し出せばまたキラキラとした瞳で笑う彼女。

「…ホントなまえさんってガキ。」
「は…っ!また私をからかったでしょ!?」
「俺、人をからかった事なんてないよ?」
「嘘!だって私を子供扱いする人なんて初めてだもん!」
「…子供扱いねぇ。チョコ一つで機嫌の直るなまえさんは充分ガキだと思うけど?」
「む…!」

笑ったり、怒ったと思ったらまた笑ったり、次は拗ねてみたり。幾度となく変わる表情に、目が離せない。

「でもほら考えてみて?
私社会人、壱くん学生。私一人暮らし、壱くん実家。…どう?」

勝った、と言わんばかりの笑顔を浮かべて俺を見るなまえさんにまた吹き出しそうになる。どう、と言われても。

「なまえさん大人だね」
「でしょう!?」
「でもこんな無意味なことで張り合おうとするなまえさんはやっぱり子供。」

あのまま大人だねで終わっておけばいいのに、何故かまたなまえさんの表情が変わる瞬間が見たいと思う俺は何なんだろうか。

「ふふ、じゃあいいや。壱くんの前では子供でいるよ」

そう微笑む彼女に、少し心臓が音を立てた。さっきまで子供っぽい笑顔だったのに、今度は大人びた色気のある笑みを浮かべて。
その言葉には決して深い意味があるわけじゃないのに。

「あ、そういえば今日ハルは?」
「…ん、なんか調理師免許取った祝いの飲み会だって」
「ふへー…ハルらしいね。」

ハルは俺と違って人付き合いが上手い。友達も数多く、ハルが一歩外に出れば街を歩く人全員が友達のようなもの。反対に俺はそんなにたくさん友達がいるわけじゃないし、人付き合いもぶっちゃけ面倒くさい。それに会話だって上手いわけじゃない。結構苦手。

「あ、もうこんな時間だ」
「…10時、か。」
「長居しちゃってごめんね」

時計を見て驚いた。7時半くらいに店に入ってもう10時。3時間近くも飽きずに人と話してたなんて。

「だって壱と話してると、楽しくて」

俺…と?

「話すのが、楽しい…?」
「うん!壱くんすっごい聞き上手だから、すごく楽しい!」
「俺、あんま話すの得意じゃないし…」
「そこが壱くんのいいところなんじゃない?」

にっこりと笑う彼女の言葉に、話すのが楽しいなんて初めて言われたし、なんかすげー嬉しくなって。

「…あ、お金」
「だからお礼だって言ったじゃん。」

鞄から財布を取り出した彼女を止めて、座っていた椅子から立ち上がる。

「…送ってく。」
「ふえ…?そんなのいいよ!バスで帰るもん!」
「前のバス停だったらもうバスないけど?」
「う…、歩いて帰る」
「だから送ってくって言ってんじゃん。」

ズボンの後ろのポッケからキーケースを出して、鍵をチャラつかせるように見せると彼女は諦めたようにまた笑って言った。

「じゃあ、お願いします」

こんな遅くまで付き合わせといて、夜道を女一人で歩かせる程無粋じゃない。

それに、何故か彼女の表情を見ていたいと思った、から。

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