01


「壱、嫌じゃないのか?」
「……ん、なにが?」
「隣に配達行くの。」

今日も朝から叩き起こされて、手に持つのは配達用の岡持ち。昨日その前は学校があったから3日ぶりのバイトだ。

「前までは“憂鬱”って顔してたけど、今日はなんか嫌そうには見えねーぞ?」
「……別に変わんねーよ」

変わったことがあるとするなら、隣にひとり知り合いが出来たこと位。でもそのお陰で、前よか行くのが嫌じゃないってのも事実だった。
今日も彼女は戦っているのだろうか、そうな事を考えてたら少し笑みが零れる。
行ってくる、と店を出て隣のビルに入りそして注文を受けたフロアに渡し終え、ラスト4階。そしてエレベーターの扉が開いた。


「あ!壱くんご苦労さまー!」

そう大きな声で俺を呼び手をヒラヒラと振る若林さんの姿を見つけた。伝票を見れば彼女は最後の注文客だ。

「…ん、カフェラテ。」
「いつもありがとう」

ちゃりんの俺の掌に小銭を乗せる。
そういえば、

「…なまえさんは?」

なまえさんの仕事場は確かこのフロアな筈なのに、姿が見えない。

「ん?なまえ?なになに気になるの?」
「…や、そうゆうんじゃないけど、いないから」
「そう。あの子なら屋上の自販機にジュース買いに飛び出してったけど?」

入れ違いってヤツか。まあ用があったわけじゃないし、いたら声でも掛けようと思ってただけだ。

「でも…、珍しく落ち込んでるように見えたけどね。」
「…どういうこと?」
「この間、朝にドンパチやってた事覚えてない?企画のことで。」
「………ああ、」
「それが、急にボツになっちゃって。いつもこんなことで凹む子じゃないんだけど、その企画結構頑張ってたからさ。」

上司に喧嘩売る姿も必死に見えたし、企画が通ったと喜んでたなまえさんを見てた俺にはショック受けるのも仕方がないことに思えた。

「言われた時は凹んで見えたけど、それからは全然普通だし…まあなまえなら大丈夫でしょ。」
「…大丈夫?」
「うん、あの子強いしさ」

違う、たぶん違う。
あんだけ必死になってたものを失敗して引きずらない人間なんていない。特になまえさんは負けん気の強い人だし、悔しさも半端ねえ筈。

それなのに笑う理由は、強いんじゃなく、弱い姿を見せないだけだ。

「若林ー!何サボってんだ」
「はいはーい!今仕事しますー!じゃあね、壱くん」

若林さんは、またひらひらと手を振るとデスクに戻っていった。

…屋上か。

俺はなんとなく気になってエレベーターに乗り込むと、最上階へのボタンを押した。


***


「……っ、…ふ」

確かになまえさんは酷く悔しい思いをしてると思ってた。俺は社会人でもないし、ましてや学生だけどそんぐらいの気持ちは分かってた。

けど、

(…まさか、泣いてるとは)

フロアに降りて、屋上に続く少し薄暗い階段があるそこに行きかかった時、聞こえた声に俺は思わず立ち止まった。
階段に座り込み膝を抱いて声を押さえながらも泣いてるなまえさんの姿。

(やば、俺…マジわかんね)

声かけた方がいいのか、それとも気付いていない内に去った方がいいのか、それさえ分からず立ち止まったまま。
こんな事はぶっちゃけ初めてだ。マジでどうしていいのかわかんねえ。
もしかしたらなまえさんは独りで隠れて泣きたかったから屋上に来たのかもしれない。そしたら俺の行動は完全に無粋行為だ。


「……………っ、え?」


いきなりなまえさんが顔を上げるもんだから、完全に目があってしまった。

「………うす。」

そう小さく声を掛けるとなまえさんは、もう一度目を見開いて酷く驚いた表情を見せる。

「わわわわ!どっどうしてこんなとこに壱くんが!?」

そしてスーツの袖で慌てて目をゴシゴシ擦った。なまえさんに少し近付き顔を覗き込むと、拭いきれてない涙の跡が見える。

「………平気?」
「え!?あっ!何!?もしかして泣いてると思った!?」
「…ん。」
「ちがうちがう!目に睫毛が入ってさ!それが、痛くてっ!」

なまえさんはそう早口で言いながら不自然に俺から目を右に反らした。
これって、なまえさんが嘘つく時の癖?
だって…どれだけ長い睫毛が目に入ってもそんなに泣かないと思うし、俺結構ずっと見てたし。

「…なまえさん」
「ご…ごめん!あたし屋上に用あるから!」

これ以上俺に追及されたくないのか、そう言ってなまえさんはまた俺から目を反らして右を見る。

「じゃあね!壱くん!」

そして長く綺麗な髪を揺らし屋上に続く階段を駆け上った。

(…やっぱ、癖じゃん)

なまえさんが履くヒールの音が鼓膜に響いて、ただ何故かその小さな背中を無性に追いたくなった。

その理由なんて、俺にもわからなかった。

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