03


「やっと休憩だー!」

会社のビルの屋上にあるベンチに座りながら伸びをする親友の若林唯子。
彼女とは中学からの付き合いで、今もそれは続いている。唯子の家はお金持ちで、いつも何で働いているのかが不思議で仕方ない。お嬢様気質で気の強い唯子。女と先輩とのバトルもざらではなく、それを返り討ちにしてしまう程だ。

「唯子とランチを食べるなんて久しぶりだねー」
「アンタ最近忙しかったもんね。」
「なんか私の仕事の量って誰よりも多い気がするのは気のせい?」
「それはアンタが誰よりも頑張るから、上の奴等も頼りまくってんのよ」
「はー…嬉しいのか、嬉しくないのか」

そう情けなく小さく呟きながら、弁当巾着の紐をほどく。

「あれ…?唯子、弁当は?」
「私ライラックにランチ弁当頼んだのよね」

な…!ライラックですって!?

「ずるーい!私があそこのエビタマサンド好きな事知ってるくせにーっ!」

会社ビルの隣にある喫茶店。そこのメニューにあるエビタマサンドは私の大好物。エビのぷりっとした食感と炒ってある卵のふわっとした食感が堪らない一品だ。

「だってアンタは弁当があるじゃん」
「貧乏なの…」
「しょうがない。一口あげるからさ」
「私はランチ弁当じゃなくエビタマサンドが食べたいのっ!」

毎日食べても飽きないくらい美味しいエビタマサンド。昔はよく頼んでいたからバイトのハルとは結構仲がいい。頼む時は必ず「今日俺配達だから」とハルから催促メールが来ていたし、彼がいつも子犬のようにあたしにじゃれてくる。

「あ、今日は昼も壱くんね」
「壱くん…?」

唯子が屋上の扉を見てベンチからいきなり立ち上がった。手をぶんぶん振り回して「ここよー!」っと叫ぶ。

(…壱くんって誰だ?)

私も同じようにそこに視線を向けると、こちらに向かって歩いてくるスラリと身長の高い細身の男の子が目に入る。腰に巻いた黒のサロンが見えて、喫茶店のバイトの子だと気付いた。へー…新しいバイト子かぁ…。

「…うす。」

天然っぽい色素の薄いブラウンの髪に大きな瞳。そして長い睫毛に整った鼻。肌の色は白く、まるで…お人形さんみたいな男の人。一言で言えば、すっごい…イケメンだ。

「………あ、」

彼と目が合い、漏らされた声。

「…え?私の顔に何かついてます?」
「や…朝、怒られてたヒト」

朝、って…朝?…あっ!

「ヤダ!見てたの!?」
「アンタが大声で鈴木さんと張り合ってるからでしょ。」
「でもね、あの企画通ったの!諦めなきゃなんとでもなるんだよ、きっと!」
「はー…世の中には何とでもならない事だってあるって教えてあげてよ、壱くん」

ってか、さっきから彼に凝視されてるのは気のせいかな。

「…無理、しないよーに」

壱くんの低く、だけど綺麗な声。

「…え?」

何故かわからないけど、その言葉に心臓が大きく波を打ったのが分かった。だって私…無理しないように、なんて…言われた覚えがなかった。

「あ、…ありがとう」
「壱くんやさしー!」

頑張り屋さんだね、強いね、そんな決定的な言葉しか聞いた事なかった。
それなのに─────。

「なまえさーん!」

いきなりそんな私を呼ぶ大きな声が聞こえて、視線を向けるとこちらに向かって走ってくるハルの姿。

「きゃー!ハル君じゃない!」

そんな唯子の声と、ハルの金のメッシュが入った明るい茶髪が目に入る。

「なまえさん!俺、なんと調理師免許獲得しちゃったー!」

目の前に立ち満面の笑みで私にその証書を見せる。

「わーっ!すごいね!やっと専門卒業出来るじゃん!」
「マジここまでくんのめっちゃ苦労したもんよ」
「すごいすごい!お疲れさまー!」
「だから今日はなまえさんに…って壱?」

ハルは隣に立つ壱くんに気付き、…って、あれ?この2人すごい似てない?

「ね、思ったんだけど2人すっごい似てるね!イケメンってみんな同じ顔なのかな!?」

私の言葉にキョトンとする3人。あれ…あたし変なこと言った?



「ってか俺ら、双子だって。」



ふ…………双子?


「う…嘘!?初めて知ったんだけど!」
「マジ!?知らなかったの!?俺ら何回もココ来てんのに!?」
「だって私いつも弁当だし、それに壱くん、だよね?」
「…うす、」
「初めて見たもん!」
「壱ってあんま存在感ねえしな!」
「それはハルがうるさいだけでしょ?」

ふたりって双子だったんだ…。

「俺が一応兄で壱が弟!」
「ハルが兄とかなんかすっごい嫌だね。」
「………ん。」
「ん、じゃねぇー!俺が先に出てきたんだからしょーがねぇじゃん!兄を誇れ馬鹿者!」

どおりで並んでみると似てるわけだ。顔のパーツも、背丈も。けど、雰囲気はまるで違って、ハルはやんちゃそうだけど、壱くんはなんだかクールな印象。

「まァなまえさん、コレ食ってみ!」

そう言ってハルに渡されたのは…

「エビタマサンド!?」
「おう!俺が調理師として初めて作った!しかもなまえさんへのスペシャル愛入りな!」
「えー!アタシの分はー!?」
「今回はなまえさんに特別プレゼーン!ついでになまえさんの好きなカフェオレもどーぞ!」
「ほんと!?わあ、すっごく嬉しい!」

渡されたエビタマサンドとアイスカフェオレを手に持つと膝に乗ったあるモノに気がついた。

「あ…でも弁当どうしよ…。ハルご飯は?」
「俺それ作る時にめっちゃ摘まんで腹一杯」
「じゃあ、壱くん昼ご飯食べた?」
「…や、まだ…」
「じゃあ口に合うかわからないけど、これ…食べてくれない、かな?」

そう言ってキティちゃんの巾着に包まれた弁当箱を壱くんに差し出す。壱くんは色素が薄く大きなその瞳で弁当箱を見つめた。

「……や、でも」
「いーから!いーから!食っとけって!俺でさえまだ食った事ねえなまえさんの弁当だぞ!」

ハルが壱君の肩を抱きながらそう笑いかける。2人は仲がいい双子なんだな。

「…じゃあ、頂きます」

そして受け取ってもらえた弁当箱。昨日の残りものだって入ってるし、簡単なものばかり。女の子用の弁当箱だから量もそんなにない。人にあげれるほど大層な弁当ではないけど、食べないで捨てるのは気が引けたらからよかった。

「じゃあ今日は4人でランチ食べよっか!」
「しゃあー!俺あっちの自販でコーラ買ってこよ!」
「ハルって珈琲屋の息子なのにまだ珈琲飲めないんだね。」
「なまえさん、なんかそれ俺の事めっちゃ子供みたいな言い方してません?」
「ハルは子供だよね?壱くん?」
「ん。」
「あっ!アタシ、ランチシート持ってるよー!」
「おう唯子!準備いーじゃねえか!」
「きゃー!ハル君もっと誉めてー!!」

唯子が広げたランチシートに双子が乗っかって、始まった午後の微睡み。休憩時間はまだたくさん残っていて、思いっきり羽を伸ばして会話を楽しもう。

また午後からフルパワーで頑張れるように。

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