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「へー…んじゃあ、あのツインズは此処の女子のアイドルなの?」

今日ラストの仕事、といっても会議で使う物をコピーするという雑用を唯子と共にこなしていく。印刷室にはウィーンというコピー音と共に私達がする雑談の声が響いた。

「アイドルなんてもんじゃなくて、神様に等しいイケメンなの!」

煙草片手に(印刷物に火種落とさないでよ〜!)そう話す唯子の話題はもっぱら隣の珈琲屋の双子話だ。

「まあ、確かに2人共かっこいいよね。ハーフみたいな顔立ちだし。」
「おばあちゃんが欧米人って噂もあんのよ」
「欧米人って」
「噂よ噂。でもきっと肌が綺麗で目の澄んだイケメンの国に決まってるわ〜」
「なにそれ、ハル達をお伽の国の人物扱いしてない?」
「だってさ、あの2人に比べたら周りにいる男なんて…」

まあ、唯子が言っている事もわからなくはない。だってあの二人は本当に浮世の世界だもの。日本人離れした長い手足に、高い身長、羨ましいくらい長い睫毛。柔らかそうなブラウンの髪、真っ直ぐ見つめてくる瞳の綺麗なこと、綺麗なこと。

「もうハル君の可愛い八重歯が堪んない」
「壱くんは?」
「壱くんのあのミステリアスでなに考えてるのかわかんない瞳も素敵だけど、あたしはやっぱりハル君派なの!」
「へー、唯子はハルみたいなのがタイプなんだ」
「と、いっても社内の人気はどっちもどっち。あの2人のせいでうちの会社結婚率超低いのよ。結婚しなくたってあんなツインズと付き合える訳でもないのにね」

ぷはぁーっと煙草の煙を吐き出し、馬鹿にした表情でさりげなーく毎朝あの二人に群がるお局様ANDその取り巻きをディスるのは、さすが唯子。

「で、なまえはどっち派なの?」
「えー………。」

どっち派と言われても、2人どっちもいい所あるし、てゆうか顔のパーツは2人とも一緒だし。でも…絶対どっちかと言われたらならば。


「………壱、くんかな」


そう言った瞬間、昼間の壱君の言葉が脳に蘇ってきた。
“…無理、しないよーに”
たったそれだけの言葉。

「へー…壱くんねえ。」
「な…なにその目。」
「私今日驚いたのよねー。ハルくんが居たとはいえ、壱くんが私達と一緒にランチするなんてありえないもの。」
「だから…?」
「彼、なまえの事が気になってたりして!」
「ないない。神にも等しいイケメンなんでしょ」

壱くんが私を好きになるのも、気になるのも、金輪際ありえないことだ。ランチに付き合ってくれたのもただ優しいだけ。
しかも、あたしにはーーー


「ねえ…なまえ。」

そうさっきよりも声質を1トーン下げた唯子の声。そして真剣な目付き。

「悠真くんと、…本当に別れる気ないの?」

そして飛び出した、私の彼の名前。

「怖いなら私も一緒に言ってあげてもいいんだよ?」
「……ううん」
「…あんな事されて…まだ好き、なの…?」

唯子の言葉に心臓が酷く傷んだ。そして思い出すのは恐怖だけ。

彼とは付き合ってもうすぐ4年になる。高校から付き合い初めて、だから彼の事を唯子も知っていて。

「好き、じゃないんだと思う」
「じゃあ、どうして?」

彼は頻繁に浮気を繰り返す。それを今では隠したりもせず堂々と。私が彼に逢うのは多くて月2くらいで、会わない月だって数多い。もう付き合ってるなんて言えない関係。
それなのに、彼は私を束縛する。おまえは俺の物だ、それが彼の口癖。

「あの人には、私しか…いないの」

昔からこうだったわけじゃない。高校で野球をやっていた頃はもっと優しくて、誠実な人だった。
それに最後には私のところへ戻ってくるから。

「なまえ。それはただの情よ。」
「……うん、」

わかってる、わかってるの。
本当は別れるべきだって。きっと彼をここまで最低な男にしてしまったのは私のせい。

「なまえ、お願い。アンタが心配なの」

唯子が心配するのは彼の暴力。幸いまだそんなに酷く殴られた事はないけれど、彼と会った次の日は痣ばかり。
もう別れよう、と口にすると彼は私に暴力を奮う。
“おまえまで俺から離れていくのか”と、悲しく揺れた瞳で。
その度、離れる事の出来ない私は、本当に馬鹿な女。情ばかりで、現実の彼から目を反らしてばかり。

「おーい?おまえらまだかー?」

唯子が次に何かいいかけた時、開かれた印刷室の扉。

「あ、すぐに行きます!」

慌ててコピー機から企画書を取り出して、扉に向かう。

最後に唯子が優しく背中を叩いた時、なんだろう。なんだか少し泣きそうになった。


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