02


「はー…寒ッ!」

仕事を終えてビルから出ると、秋の少し冷たい風が頬の熱を浚う。もう10月なんだな、なんて呟いてバス停まで歩き出そうとすると。

「誰か待ってるのー?」
「ねえ、ねえ!この後飲みに行かない!?」
「ちょ…離せ、って」

仕事終わりの女の子に囲まれている壱君の姿が目に映った。

「あれ…壱くん?」

その声に気づいたらしい壱君は周りの女の子を避けて私の所に向かってくる。ど、どうしたんだろ…?

「…これ、」
「あっ!弁当箱!」

差し出された弁当箱を見て壱君の後ろにいた女子達の奇声というか悲鳴というか(抜け駆け抜け駆けうるさい!)をあげたのが聞こえた。

「いつでもよかったのに」
「…や、明日困ると思って」
「あ、そうだね。ありがとう」

なんか違和感を感じて、壱君が昼と服装が違うのに気付いた。昼は確か黒のロンTに淡い色のジーンズだったのに、今は少し襟の大きい濃いブラウンのYシャツに黒のズボン。(てか足長…シャツの胸元、色気すごっ!)

「その格好、なんか壱くんカフェの店員さんみたい!」

私がそう言った瞬間壱くんは、くっと笑った。
それは、初めて…みた、壱くんの笑顔。
その笑顔が酷く綺麗で、思わず見入ってしまう。

「…さっきまで店手伝ってたから、そのまんまカフェの店員さんなんだけど」

壱くんが珈琲屋の息子だという事をすっかり忘れていた私。そう笑われると、なんか恥ずかしい。

「お、大人をからかって!」
「しかも俺のが一個上。」
「む…!」
「ほんと、なまえさんって抜けてんね」

抜けてる、だなんてまたも初めて言われた。

「…あのさ、この後用事ある?」
「え…?」
「や、…弁当のお礼、したいんだけど」

弁当のお礼だなんて…。食べてくれて有難いのはこっちなのに。

「そんなの全然いいよ!対したもんじゃないし!」
「お礼といっても、俺が淹れるただの珈琲」
「壱くんが淹れてくれるの!?」
「…うん、いつもは親父だけどね」
「え…どうしょう、スペシャル壱ブレンド飲んでみたい…」
「スペシャル壱ブレンドって…」

私の言葉に顎に指を当て声を押さえるように笑う壱くん。その表情から再び虜になったように視線が外せない。
(ど…どうしちゃった、私?)
男の人に見惚れるなんて、初めてだ。


「じゃあ、スペシャル俺ブレンド頂いてくれますか?」


そう私の目を見て微笑んだ壱くんに、今度は心臓が高鳴った事をまだ私は気づかなかった。



「壱くんって…ほんとリアルプリンス。」
「ぷっ…ほんとなまえさんってバ…不思議な人だね」
「今、バカっていいかけた?や、確実に言ったよね?」
「…さあ?」


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