校庭にいる生徒が少なくて良かった、と心の底から思った。並んで歩く私達に向けられる視線に水嶋くんは気付いてないのか、ずっと笑顔のままだ。

「なまえさ、なんで美術部なの?」
「えと、活動日数が少ない部活だから」
「へえ。」
「水嶋くんはどうして野球部に?」
「俺?小学校から野球やってて、流れかな?」
「そうなんだ。」

会話をしているうち、次第に私にも笑みが溢れる。

本当は少し緊張してた。たっくん以外の男の人と一緒に帰るのが初めてな上、家まで送ってもらうなんて。

水嶋くんはすごく男らしい人なんだな、って思う。男の人に男らしいってなんだかちょっぴりおかしい気がするけど。

それに、すごく優しい。怪我の心配をしてくれたり、汚れる黒板消しを担当してくれたり、送ってくれたり。たくさんの女の子が惹かれる理由、すごくよくわかる、なんて。

「水嶋くんって、背高いね。」
「そう?普通じゃない?」
「いくつあるの?」
「こないだ身体検査で測ったら、178だったよ」
「私より全然高いや…」
「くす、そりゃ俺男だもん。それに牛乳頑張って飲んだからね。」

水嶋くんと話すのはすごく楽しい。そのせいか家までの帰路がいつもよりも短く感じられた。

「あ、そこ右曲がってすぐだよね?」
「うん。」

…と、待てよ。
そういえば私、家までの道言ったっけ?水嶋くんの後を追うように歩いてきたら、いつの間にかもう家の近くで。

「どうして、家知ってるの…?」

水嶋くんとは、小学校も中学校も違うし、今までそんな接点があったわけじゃない。

「大丈夫。ストーカーじゃないから安心してよ」

不思議そうに首を傾げる私に水嶋くんは答えになってない返事を返し、笑うだけ。

少し前を歩く水嶋くんに、私は疑問ばかりだ。気になるような言葉を吐いては、肝心な答えを教えてくれない。

「ついたね。」
「うん。本当にありがとう」
「いえいえ。」

何かあるんだろうか。私と水嶋くんの間には。

家の門に手を掛けて、立ち止まる。

そうだ。ここにはいつも答えを遮る月本先生がいない。もちろんフジコ先生も。

────チャンスなのかも。

きっと聞けば彼は返してくれる。たくさんの疑問の答えを。

「あの、水嶋くん」

意を決して声を絞りだした。


───その時、


「あら〜!なまえおかえりなさい〜!」

…そうだ、そうだった。ここには月本先生も、フジコ先生もいないけど、母親がいた。

まさかこんなタイミングで玄関から現れるとは思っておらず、慌てて振り返る。

「お、お母さん…」
「あら?あらら?なによ、なまえ〜カッコイイ男の子連れちゃって〜」

このこの、とばかりに私を肘でつつく。どう考えてもリビングの窓で盗み見をしていたような口ぶりだ。

破天荒な私の母親に対し、彼は軽く会釈をして笑みを浮かべる。そんな水嶋くんをみてお母さんの動作が一瞬にして止まった。

「あら、あなたもしかして…」

そして、

「…健斗くん?」

その言葉を聞いて、唖然。
どうしてお母さんが、私のお母さんが、彼の名前を知ってるの?

「うッス。」

ぺこり、とまた頭を下げる彼を見て、お母さんはパアッと花咲いたように満面の笑みを浮かべる。

「おっきくなったわね〜!目元なんて美佐子そっくり!」

まるで私だけ何処かに置き去りにされたみたいだ。頭の中はクエスチョンだらけで、何ひとつ繋がらない。

「その制服…まさかなまえと同じ高校に通ってるの!?」
「清陵高校ッス。」
「え、でもまだ津島の方に住んでるのよね?すごく遠いんじゃない…?」
「や、電車だと1時間ぐらいなんで。」

どうして私よりもお母さんの方が彼を知ってるのか、疑問だらけ。

…でも、1時間かけて学校に来てる事、初めて知った。そんなに家が遠いのに、家まで送ってくれた彼は酷く優しい。

「毎日大変ねえ…あ!上がっていく?」
「いや、今日はやめときます」
「そう、残念ね。また遊びに来て頂戴。おばさんケーキ用意しちゃうから!」
「ありがとうございます」

完全にウェルカムモードのお母さん。「じゃあそろそろ邪魔者は退散するわね!」なんて言いながら

「さっそく美佐子に電話しなきゃ!」

と、キャッキャはしゃいで、家の中に姿を消した。私達に残されたのは何ともいえない沈黙で。耐えきれず口を開いた。

「あ、あの…」
「ん?」
「なんかごめんね、お母さんが…」

おずおずと水嶋くんに頭を下げて謝る。そんな私に彼は優しい笑みを浮かべて言った。

「嬉しかったよ。覚えててくれて」

けれどすぐに、からかうような意地悪な笑みに変わって。


「誰かサンはすっかり忘れてるけどね」


聞き返す間もなく「じゃあまた明日学校で。」と、私に背中を見せた。

おおきなおおきなその背中が、少しずつ少しずつ、ちいさくなってゆく。


「だれかさん、って誰…?」


ちいさくなったその背中は、なんだか誰かに似てるような気がしたけど、やっぱり思い出せない。

私はその背中が見えなっても、ただ呆然と家の前に立ち尽くしていた。
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