「ほんとよ〜!玄関に二人並んで立ってたんだから!食事会?いいわね〜!」

家の中に入るとすぐに聞こえてきた、お母さんの嬉しそうな話し声。嬉々とした声からは、随分と仲の良いことがよくわかる。まさか本当に水嶋くんのお母さんに電話を掛けているなんてびっくりだ。

とりあえず2階にある自分の部屋に行き、鞄を下ろして部屋着に着替えてまたリビングへ足を運んだ。今だ電話しているお母さんの声を耳に挟みながら、暖かい紅茶を淹れた。お母さんと私、2杯分。

「────じゃ、またね。」

カチャン、と受話器の置かれる音。そして私に向き返ったお母さんの満面の笑み。

「付き合ってるの?健斗くんと」

そう言ってにんまりと笑う。お母さんのこういうところはお兄ちゃんそっくりだ、というよりお兄ちゃんがお母さん似なのかもしれないけど。

きっと私はお父さん似だ。だってお父さんだったらきっと「仲の良いお友達なんだね」と言うと思うから。

「付き合ってないよ。同じクラスで隣の席なの。今日は日直の仕事で遅くなっちゃったから送ってくれただけ」
「あら…残念。」

付き合うとか、恋人とか、彼氏とか。私には縁のない言葉だって、お母さんも知ってるくせに。なんて少しだけ心の中で悪態をついた。

「でも、あれねえ。健斗くん、なんでこんな遠い高校に進学したのかしら?」

確かにそうだ。私たちの通う清陵高校の偏差値はいわば普通レベル。高くもなく低くもなく。語学留学が出来るだとか、これといった特徴もない。そんな高校なんて、彼の地元にもあるはずなのに。たまに朝練をさぼって月本先生に怒られている姿もよく見るし。

「そうそう。今度、食事会でもしようかって話てたのよ」
「食事会…?」
「健斗くんの家族の皆をご招待するのよ。なまえも手伝ってくれるわよね」
「それはいいけど…」

この家に水嶋くんがいることすら想像できない。というより、ただのクラスメイトだと思っていた男の子とそんな繋がりが…繋がり?

「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「水嶋君のお母さんとどういう知り合いなの?」

気になっていた、ひとつの疑問。

「学生時代からの親友よ」

あたりまえ、といった表情で紅茶を啜るお母さん。水嶋くんはそれを知っていたんだろうか?お母さんと話をしている姿を思い出して、なんとなく知っているようなそぶりだった気がする。お母さんも小さい頃彼に会ったことあるような口ぶりだったし…。

え、じゃあ…私は?

「私って…水嶋くんと会った事あるの?」

そうお母さんに尋ねるように聞けば、お母さんは酷く驚いた表情で。

「なに言ってるのよ〜!保育園の頃いっつも一緒にいたじゃない!」


…保育園の頃?
…いつも一緒?
…まさか。


「…けんちゃん、なの?」
「そうそう。そう呼んでたわね」


水嶋くんが、けんちゃん?
あの水嶋くんが、

「うそ…え、でもけんちゃんはもっと小柄で」

信じられない、という表情を浮かべた私にお母さんは大きな溜息をついて言った。

「あんたねえ…そんなの男の子なんだからおっきくなるに決まってるでしょう?」
「…でも、」

だったらどうして水嶋くんは言ってくれなかったんだろう。

水嶋くんも忘れてたんだろうか?いや違う、たまに過去をちらつかせるような言葉はあった。

(―――――やっと、会えた。)

あの言葉は、聞き間違えなんかじゃなかったんだ。

「そうねえ…」

それでもまだ唖然とする表情の私に、お母さんは言う。

「信じられないなら確かめてみるといいわ。まだ残ってるみたいよ」

右側にある前髪の生え際を指さして。


「こめかみの近くに縫い傷」


忘れもしない、6歳の頃。彼から流れた真っ赤の血と、先生達の悲鳴。私を庇って窓ガラスに突っ込んだせいで、出来たその傷。酷く怖かったこと、覚えてる。けんちゃんが死んじゃうんじゃないかと、思ったから。

「そのけんちゃんが…水嶋くん」

まさか、まさか、ずっと会いたかったけんちゃんがこんなに近くにいたなんて。

嬉しいような、まだ信じられないような、なんだか不思議な気分。

明日、水嶋くんに聞いてみよう。そして彼が本当にけんちゃんだったら、「約束、守ってくれてありがとう」と笑って、お守りにしていたこのネックレスを彼に返すんだ。

もう湯気も出ていないティーカップを見つめながら隠れているその約束の証を制服ごと握りしめた。
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