「なまえちゃんばっかずるいんだ。」

けんちゃんはすごく人気のある男の子だった。

男の子も女の子もみんなみんな、いっつも楽しそうに笑ってるけんちゃんが大好きだった。

そんなけんちゃんと一緒にいたわたしは、いつも女の子達から仲間はずれ。

「すぐ泣いてぶりっこする!」
「ぶりっこなん、て…してないよ」

わたしがいちばん怖かった女の子。

その子は男の子よりもおっきい体で、わたしの前に立つと太陽が見えなくなる。お金持ちでいつも可愛いふりふりのドレスみたいなバレリーナみたいなお洋服に保育園のズックを着て女の子達の先頭に立ってた。

わたしが泣くたび“ぶりっこ”という彼女は、男の子から“デブ”と言われると大粒の涙を流し「ママにいうんだから!」と叫ぶように泣いていたことを覚えてる。

わたしのくちぐせが“けんちゃん”のように、その子のくちぐせは“ママだった。

「ママが言ってたもん!ケンくん独り占めしてずるいわね、って!」

その子がわたしを苛める時は決まってけんちゃんがいないときで、何も言えない弱虫なわたしを何人もの女子で囲うと意地悪な笑みをみせる。

───そう。あの事件が起こった時も、彼女はそうやって笑っていた。

「いーい!?ケンくんはみんなのものなの!なまえちゃんはケンくんといっぱい遊んだからもう遊んじゃだめ!」
「そんなの、嫌だよ。わたし…けんちゃんと一緒に遊びたい」

きっとその子はけんちゃんが大好きだったんだと思う。


「ケンくんひとりじめしないでよ!」


真っ赤な顔で怒った彼女が私の肩を思い切り押した。

バランスを崩した私は後ろにあった窓ガラスに倒れ込む。全てがスローモーションに見えた。

あ、という彼女の表情。とっさになにかを掴もうとした自分の指先。背後に迫った、薄く割れやすい硝子。


「なまえ!」


そして最後に映った、綺麗な蜂蜜色の髪。



「きゃああっ!!!!」



ガラスの割れる酷い音。先生の悲鳴。びっくりして泣きだした園児達の声。

「け、けんちゃん…」

倒れ込んだ体を起して振り返ると、そこには硝子破片の上に倒れているけんちゃんの姿があった。

声がでない。理解すらできない。一体なにがおこったんだろう。

どくん、と心臓が嫌な音を立てる。汗がこめかみを伝うのがわかった。

「ケンくん!ケンくん大丈夫!?」
「急いで救急車呼んで!」

駆けつけて来た先生にけんちゃんから離される。そして理解した。

けんちゃんがわたしを庇って硝子に突っ込んだこと。先生が抱き抱えたけんちゃんの頭から、いっぱいいっぱい血が流れてること。

「や、やだっ!けんちゃん!けんちゃん!」
「だめよ!なまえちゃん下がりなさい!」

とめられたって、担がれたって、無我夢中になって彼を囲む先生達の隙間から指先を伸ばす。

「ッ…なまえ?」

頭を強く打ったせいで気を失ってた彼が目を開けて、最初に言った言葉はわたしの名前。

「けんちゃん!」
「…だいじょーぶ?」
「けんちゃんが怪我したんだよ!けんちゃん頭からいっぱい血がとまらないんだよ!」

自分ですら何をいってるのか分からなかった。涙で歪むけんちゃんは真っ赤で、少し泣いてるようにも見える。

だけど、けんちゃんより私の方がきっともっともっと泣いてた。


「なまえがへーきなら、おれもへーき。」


全然平気なんかじゃないのに、痛くて泣いてるくせに、そう言ってけんちゃんはわたしに笑った。

絵本の中の勇者さまよりうんと強くて、王子さまなんかよりうんと優しい。

そんなけんちゃんが、わたしは誰よりも大好きだった。
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