いつもより賑やかな朝の校門。様々な部活のユニフォームを着込んだ生徒達が声を張り上げ存在を主張していた。

「バスケ部に入部をー!」
「優しい先輩いっぱいいますよー!」
「ぜひとも卓球部にー!」

新入生の部活動勧誘。清凌高校は全生徒が必ず部活に所属をしなければならない為、なにもしなくたってそれなりに人数はとれる。

だけどそれは活動日数が少ない文化系の部活の話。アルバイトや勉強を優先させる生徒達も多く、体力を使う運動部は昨年同様人気がないらしい。

「あ、なまえ!」

いきなり後ろから聞こえた声にどきん!と心臓が音を立てた。

「み…水嶋君、おはよう」

振り返るとそこには並ぶ生徒達同様、野球部のユニフォームを着た水嶋君が笑顔で立っていた。

「野球部ぜんぜん人気なくてさ、まいってんだよね」

こないだから私の心臓、すこしおかしい。水嶋くんを見るだけで飛び跳ねたり、よくわからない音を立てる。

「そうなんだ…大変だね」
「2・3人希望の子が来たんだけど、みんな顧問の名前聞くと帰っちゃうんだ。さすがツッキーだよ。評判悪ぃのなんのって」

確かに普通の先生とは違うけど、あれだけフレンドリーな先生は月本先生以外にいないと思う。

「水嶋―!」

少し遠くの方で彼を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、呼んでるね。私、教室に」
「あ!待って!」

私の言葉を遮るように、水嶋くんが私の腕を掴んで止めた。

「なまえにマネージャーのフリして欲しいんだ」
「え!?」
「いいからいいからこっちきて!」

引きずられるように連れていかれた先は、野球部の勧誘場所で。そこには同じクラスの風間くんと坂野くん、そして私の知らない部員達の姿があった(え!ちょ!無理!)

「水嶋、その子どったの?」
「まさか新規マネージャー!?」
「ああ、先輩。違うんスよ。フリしてもらおーと思って、連れてきた」
「あー!いいね!それ!マジ名案じゃん!」

風間くんが相変わらず高いテンションで笑う。だけど私には何が名案なのかさっぱり分からない。

「確かに男ばっかでむさいもんな。なまえちゃんがマネージャーとくりゃあ結構いけんじゃね?」
「水嶋、試合でもまれにみるナイスプレーだ!」
「試合なんて最近やった覚えねーけどな」

水嶋くんに聞いた話によると、今現在野球部の部員数は6人らしい。3年生が2人で2年生が4人、合計6人だ。どれだけ人数が少なくても廃部になることはないけど、練習試合ができないのは少し寂しい。

「だからさ、なまえ。協力してくんねーかな?」
「でも…私、なにすれば」
「これ被って立っててくれるだけでいいよ。」

そう言ってぽすん、と頭の上に乗っけられた野球帽。すこしおおきくて、目の前がまっくらになった。

水嶋君の野球帽。またすこし小さく心臓が音を立てる。

「汗臭いけど、勘弁して」

なんて笑う水嶋くんは“けんちゃん”じゃなくて、やっぱり水嶋くんで。あらためて男の子じゃなく男の人なんだと思わされた。

「楽しく明るく適当に!それがモットーの野球部でーす」
「怪我したって大丈夫!可愛いマネージャーが手当てしてくれまーす!」
「いまなら即レギュラー!ナイスプレーをしたら可愛いマネージャーが褒めるにきっと違いない!」
「『今のプレーかっこよかったよ!』褒めるにきっと違いない!」
「しかも噂のアイドルなまえちゃん!」
「近づくチャンスはここしかない!」
「さあ、これは入るしかない!入部しかない!」
「「「「ぜひ野球部に入部を!」」」

そんな嘘で釣られるバカな1年生はいないと思う。なんて心のどこかで思ったけれど、和気あいあいとする野球部の皆はすごく楽しそうに見えた。

「バカ、ミノル。何いってんだよ」
「いいじゃん!どうせ嘘なんだし!」
「いやあ〜今のはいい連携プレーだったな。」

2年生と3年生がこんなに仲の良い部活はきっと野球部だけ。美術部で適当に適当な絵を描いているだけの私がなんとも情けなく思えた。

「ここ野球部っすか?」
「おお!1年カラ―のネクタイ!なに!?君、入部希望者!?」

声のした方に視線を向けると、そこには小さな男の子。

明るめの髪をワックスで立てて、耳の軟骨には惑星の形をしたピアスをはめている。少しやんちゃそうな男の子で、少し風間くんに雰囲気が似ていた。でも、風間くんよりも身長が小さそう。

「じゃ、名前とクラス言ってね。」
「1年C組。三浦コリン。」
「「「「…はい?」」」」
「だから、三浦コリン。」
「へえ、コリンって名前なんだ。変わってんね。」

水嶋くんが「ふーん」と頷く。確かに変わってる名前だ。見るからに日本人の男の子で外人みたいな名前。でもなんとなくこの子に名前とな違和感は感じない。

「親どうゆうつもりで名前つけたの?」
「ちょ、ちょっと」

風間くんがあまりにも無神経なことを言ったもんだから慌てて止めに入る―――が。その男の子は何の苦味みもなく笑って言った。

「ゆうこりんのファン」
「はい君、採用。」
「いやいや、16年前ゆうゆうこりん芸能人じゃないよね?明らかに。」

水嶋くんに坂野くんが突っ込む。どうやら野球部ではギャグセンスがもっとも重要とされるらしい。

「あ。ごめん、なまえ。これ書いて。」
「あ、うん。」

水嶋くんにわたされたのは入部希望者を書き込む紙とボールペン。なんだか本当にマネージャーになったみたいですこし嬉しい。

「えと…コリン君はカタカナでコリンくん?」
「惑星って書いてコリンっす!」

元気に私へ受け答えるコリン君。悪い子ではなさそうだ。

「惑星、って書いてコリンくんか…素敵だね。」

そう言って微笑むと、コリンくんの頬が少し色づき、キラキラとした瞳で私を見る。な、なんだろう。この熱視線。

「はい、やっぱ不採用。」
「ええ!なんでですか!?」
「どーせ俺は健斗だよ、普通だよ、普通。つまんねー名前だよ」
「なまえちゃん。健斗の名前褒めてやって。」
「み、水嶋くんの名前は…爽やかだよね、すごく」
「しかたない。採用してやるか。」

なんたって俺爽やかさ100パーだから、なんて急にご機嫌になった水嶋くんが少し面白くて、くすくす笑う。そんな私を見て、水嶋くんはすこしいじけたように頬を膨らませてみせた。

「ちょ!まさか先輩達付き合ってるんっすか!?」
「ええ!?」

飛び込むように聞いてきたコリン君の言葉にびっくり。

水嶋くんと、私が…?

「うん、そう。」
「バカうそつくな。」

しれっと言った水嶋くんに坂野くんがまたも突っ込んだ。どうやら野球部では坂野くんが突っ込みを担当しているらしい。

だけど本当にびっくりした。今までたっくんと誤解されることはあったけど、水嶋くんとなんて初めてで。どこをどう見てそんな事を思ったんだろうか。

「じゃあ、俺にも望みあるってことッスよね!?よろしくお願いします!なまえ先輩!」

キラキラした瞳でまた私を見つめて、両手を握ってぶんぶんと振る。
…の、望みってなんの望みだ!?

「ば、触んな!ガキ!」
「じゃ!なまえ先輩また!」
「「「「俺らは!?」」」」

水嶋くんからひょいっと逃げて、校舎に走ってゆくコリン君。なんだかすごく無邪気な子だ。

「あいつ、マネージャーじゃねえって知った時どうすんだろうな。」
「入れちまったらこっちのもんだろ」
「先輩、超外道っすね。」

そうだった。マネージャーじゃないのに、よかったのかな…。
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