予鈴のチャイムに気づいて思いっきり走ったお陰で1限目のLHRは間に合った。まだクラスにいない生徒も多く、席を立ってる生徒たちの間を抜けて親友咲子の姿を探す。

「こっちよ、なまえ」

声が聞こえた方に振り返れば、そこにはクラスメイトの女子と話していたらしい咲子の姿。

「また呼び出しされてたの?」
「…うん。」
「今日は始業式だってのに、先輩達も休む暇与えてくれないわね」

咲子は内気で臆病な私と違い外交的で明るい。スポーツ万能で、成績優秀、その上容姿だって綺麗だ。だけど、それらを鼻にかけずサバサバとした性格で、男子からも女子からも人気がある。そんな咲子の親友が私なんて、なんだか不似合いな気がして仕方がない。

「ああーッ!咲子ちゃんがいるー!」

咲子と少し雑談を交わしていたら、教室に響き渡ったその声。
声を辿れば咲子を指さして(感動からかふるふると震えている)光悦な表情を浮かべた金髪の男の子がいた。
私は初めて見る男の子だけど、咲子はそうではないらしくげんなりとした表情で彼を見ている。

「咲子、知り合い?」
「ううん、知らない。」
「ちょ、ちょ、ちょ!酷いって!え!じゃあ何!?もう一回自己紹介した方がいい!?」
「ああもう知ってる知ってる。」
「あ、でも隣の子初めましてじゃんね!?」

急に振られてびっくり。元気というか、明るいというか。

「俺、風間ミノル!すげー良い奴だからよろしくね!」
「自分で言・う・な!」

すぐにゴツンと咲子の拳骨が風間くんの頭に墜落した。風間くんは男の子にしては背が低い。160センチである私と視線の高さが同じくらいだから、きっと身長も同じ位だ。その反対に咲子は女の子にしては少し身長が高い170センチ(そしてスタイル抜群)。
なんだかんだいって、仲がいい二人なんだな、なんて。

「ってかなまえちゃんだよね!?やっぱ可愛いーね!今までさ、ほら遠くからしか見たことなかったけど近くで見れて超ラッキーっていうかさ、」
「あ、え、えと、」
「アンタさ、そのおしゃべりな口どーにかなんないの?」
「え?何なに?咲子ちゃんヤキモチ焼いちゃった?」
「なわけがない。」

そんなやり取りをする二人は見ててすごく面白い。恋人になってもお似合いなんじゃないか、と思った。

そう言えば…咲子の好きな人の話とか今まで一度も聞いたことがない。私にいないせいか、咲子との会話に恋の話なんてあんまり出てきたことがなかった気もする。


「あ!水嶋!」


その名前を聞いて、慌てて風間くんの視線の先を辿る。

(同じクラス…なの?)

教室の扉から姿を現したのは、何故か月本先生に腕で首を絞められている水嶋くんだった。

「おまえなあ〜朝練サボるとはいい度胸してんじゃねえか」
「いでででで!」
「俺だってな辛い辛い二日酔い我慢して来てんだぞ」
「そんなの自業自得じ、うぐ!」

そういえば、屋上にいた時も月本先生に呼ばれていたことを思い出す。月本先生は野球部顧問の先生で、今の会話。

…水嶋くん野球部なんだ。

「げ!ツッキーじゃん!」
「ああ?ミノルじゃねーか。そういや、てめーも朝練いなかったな。」

その上、風間くんも野球部だなんて驚きだ。月本先生は風間くんの襟元を掴んで捕まえると水嶋君と同じように締める。その際、風間くんの綺麗な金色の髪と、水嶋くんの蜂蜜色の髪が揺れたのが見えて「今時の野球部は坊主じゃないんだ…」なんて思った。

しかも今ここに月本先生がいるということは、この2年B組の担任は彼だということになる。陽に焼けた肌に大柄な体で、ジャージに健康サンダル。なんとも体育の教師らしい格好で。

「いったろーが、今年こそは甲子園!」
「無理に決まってんじゃん!部員6人だっての!」
「1年を勧誘すんだよ。どんな手使ってもな。」

月本先生が風間くんに夢中になってる内に腕の中から抜け出した水嶋くん。人気者、という言葉に間違いはないらしく、水嶋くんが歩くたびに色んな生徒から声がかかる。男子からも、女子からも。

「ねえ、咲子」
「ん?なに?」
「…水嶋くん達って不良なの?」
「ふりょうぅ!?あはは!ちがう、ちがう!ただ頭が悪いだけ!」

私の言葉がよほどツボに入ったのか(どうして…?)腹を抱えて笑う咲子。
そして咲子越しに視界に現れたのは、

「ちょ、それ酷くない?」

…水嶋くん、だ。

「ごめん、ごめん。あんたらいつまででも中学生みたいだからさ」
「それはミノルだけでしょ」
「いや、もれなくアンタもだよ。」

ひっでーな、と頭を掻く水嶋くん。そうやって会話をする二人を見て「お似合い」なんてものじゃないと思った。恋人同士って言うんだろうか。美男美女で、ふたりだけ世界から浮き出ているような、ただそんな感じ。

「…ふたり、付き合ってるの?」

あんまりにも二人が自然体で話すものだから、思わず出てしまった言葉。そんな私の言葉にぎょっとして二人は私を見た。

「ふたりって…俺と米倉さんのこと言ってんの?」

うん、と頷くとたまらないとばかりに噴出した二人。

「そんなわけないじゃない!」
「ただ去年同じ学級委員で委員会が一緒だったから仲良くなっただけ」
「そういえば、なまえは水嶋と初めてよね?」

初めて、と言えば初めてだ。
屋上であった時も自己紹介なんてものをした覚えもないし、1年の時だってかなり遠いクラスだったから全くといって良いほど面識はない。

「このコね、」

私の自己紹介をしようとした咲子を遮るように、水嶋くんが言った。

「なまえだろ?知ってるよ」

そうにっこりと、笑って。

「どうして…名前」

おずおずと聞き返した私に、彼は


「どうしてだろうね」


と、また少し意地悪そうに笑った。
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