09
本能のままに動く。まさにその言葉通り、気がつけばオレは髪に触れていた掌を頬に触れさせていた。

滑らかで暖かい竜太郎の頬の感触がオレの理性を壊してゆくのを感じる。


竜太郎に、キスが、したい。


ギシ、っとベッドが軋み、竜太郎の顔に影が掛かった。唇まで、あと数センチ。きっと5センチも、ない。

そこでオレは瞳を閉じ、そしてゆっくりと近付ける、唇と唇。

静かな部屋のせいで、オレの心臓の音が鼓膜に響いて酷く煩い。

触れたら終わる、わかってる。そんなこと。でも触れたくて堪んねーんだ。

ああ、ヤバい…どうしーーー




「トモー!竜太郎ー!ご飯ーっ!」

びくうッ!!!!!
その声が聞こえた瞬間、オレの肩が派手に跳び跳ねた。

ええッ!ややややヤバい!
何してんだ、オレっ!

ドキドキを通り越しガンガンと鳴り響く心臓を抑え、慌てて竜太郎から身体を遠ざける。

その瞬間、グラリ身体が揺れ


「ふぎゃっ!」

そのままベッドから落下。

「…っいってええ!」

ゴーン!っと見事な効果音がつきそうなぐらい床へ派手に頭を強打し、ズキズキズキズキ、痛い、痛い。


「…なにやってんの、おまえ。」


その声にハッとして涙目になった目をベッドに向けると、寝起きの竜太郎と視線があった。

…っ!ヤバい!ヤバい!これはヤバい!

「べっ、べべべつに!?」

竜太郎の目が見えない!直視出来ない!とにかく心臓が煩せー!

不自然に視線を泳がすオレに気付いてるのか、気付いてないのか。竜太郎はただ欠伸をして伸びをすると、ゆっくりベッドから降りる。

その時、ベッドの軋む音が聞こえてさっきの出来事が脳裏に甦り、心臓がますます落ち着かない。

「ベッドから落ちるか?普通。」
「うううるさい!たまには猿も木から落ちんだよ!気にすんな!」
「頭、打ったんだろ?大丈夫かよ。」

オレの頭に近づく竜太郎の手を払って、ぶんぶんと首を横に振る。

「大丈夫!マジ大丈夫だから触わんな!」
「てめ、人が心配してやってるってのに。」
「いらん!いらん世話を焼くな!」
「うぜー…なんだよ、おまえ」

オレだってわけわかんねえよ!

おまえにキスしようとした意味も、おまえに好きと言った意味も!キモい!キモすぎるぞ、オレ!

竜太郎はただの幼馴染みで、男なのに!

…ん?男?


「おッ…落ち着くんだ、オレ。」


竜太郎は男だ。そんなの分かりきってる。

けどオレは女で男だ。

竜太郎は人妻も惚れるような男なんだぞ。そんな男の寝顔を見て、何も思わねー奴の方が可笑しいに決まってるんだ。

それならば。変な雰囲気に飲み込まれて、意味不明な言葉を口走り意味不明な行動を起こしたオレは何の異常もない。

恋愛感情で好きだからキスがしたかったんじゃない。

たぶん、そう、雰囲気に飲まれただけだ。

たぶん、きっと、そう。

「チハル。飯、食いに行くぞ。」
「…あ、おう」
「なんなんだよ。おまえは、さっきから。」
「…なんでもねーよ」

だってオレは女だけど、男だから。

- 9 -
*前 | 次#
ALICE+