02
本日全ての授業を終え、さあ待ちに待った部活の時間。と、いう訳でもなく。

「やりたくねぇーめんどー」

うだうだと文句を垂れつつ、ユニフォームに着替始めるジョー。俺はすでに女子トイレの個室で着替え終わり、いつも通り部室のベンチに腰掛ける。

目に入ったのはジョーの立派な腹。

「いやいや、少しは運動しねーとやべえだろ。その、腹。」
「とてもじゃねえけど高校生2年生とは思えねえ体だよな〜」
「ぽっちゃり男子の癒し度なめんなよ」

暑苦しいだけだろ〜、これから寒くなんだろ!なんてやりとりしつつ、ジョーの腹を摘まんで遊ぶ。思った以上にぷよぷよだ。

「もう!トモハル君のスケベ!」
「ちょっとくらいいいだろ〜ほれほっ痛!」

ゴン!っと何かが肩に当たって、よろける。

見上げれば、少し焼けた褐色の肌。もう少し上を見上げれば、ギロリとこちらを睨む、龍太郎の目。

「邪魔。」

なんだよ、邪魔って。そう言い返そうとしたけど、何故か目で威圧される。

なんか、怒ってる?

「…わあったよ。外で待ってるから」

そう言うと、部室から出て扉の横へ座り込んだ。

龍太郎の奴、自分の身体のデカさ分かってんのかよ。いて〜な。

ジョーとは違い、引き締まった筋肉質な龍太郎の身体。最近なんだか直視できなくなってきた。

なんつーか、胸がざわざわするっつーか。ジョーの身体には気軽に触れんのに。龍太郎の身体が目に入ると、すぐ逸らしてしまう。ガキの頃から見てきたはずなのに。

男の子から、男へ変わってゆく龍太郎に、戸惑ってる?龍太郎が男になったら、俺は何になるんだろう。

何から、“何”に変わるんだろう。


「行くぞ、チハル。」


いつの間か出てきたらしい、みんなの後ろに着いて歩く。

「あ、半分」

持つよ。と龍太郎が持つボールの入ったカゴに手を伸ばすと、避けられた。

「遅くなるから、いい」

なんだろう。ざわざわする。
イライラするし、落ち着かない。いつもなら言い返す言葉が出てくるのに。
昨日から、俺、変だ。

「キャッチボール、はじめ〜」

やる気なんか一切感じないキャプテンの声に従い、投げる。キャッチボールなんかじゃない。低速度なこれは最早ただのボールの交換である。

「おまえ知ってるー?」
「あーなにー?」
「2組の仁科と3組の堀田が付き合ったらしいぜー」
「堀田は知ってるけど、仁科ってだれ?」
「2組のブス」
「「ひっでー!」」
「でも巨乳ー!」
「「意味ねー!」」
「おまえらなあ〜」

ぎゃはは!と声を上げて笑う野郎どもを見つつ。巨乳という単語の瞬間、龍太郎の顔を伺うオレは、ほんとにどうかしてる。案の定、無表情だった龍太郎にホッとしてるオレもどうにかしてる。


「バカッ!危ねえ!!!!」


ジョーのその声にハッとして見上げると、目の前にボールが。

ッぶつかる!!

思いっきり目を瞑った。

パシ、衝撃音はそんな音。

おかしい。そう思って瞑った瞼を開くと、目の前にはグローブ。キャッチャーグローブ。

…龍太郎のだ。


「ぼーっとしてんなよ」


グローブで頭を軽く叩かれ、ごめん、ともらした。

「わっりー!トモハル!俺の魔球が暴走したようだ」
「ただノーコンなだけだろ!」

言い返さないオレに龍太郎も疑問に思ってるだろうなぁ、なんて呑気に考えていたら。

「キャプテン、なんか今日こいつオカシイんで帰ります」
「は?」

龍太郎はそう言うと、キャプテンの返事も聞かずにオレの首に長い腕を巻き付けると部室へ歩き始め、
きょとんとしたキャプテンとその他部員の姿が少しづつ小さくなってゆく。

「オレっ!オカシくなんかねえって!」

抵抗したところで敵う筈がない。あっという間に部室へ到着。

「そこで、待っとけ。」

首から腕が外されると、ベンチに座らされる。そして、着替え始める龍太郎。瞳に飛び込んでくる、龍太郎の背中。大きい、大きい、龍太郎の背中。

「…っ!」

すぐに目を反らした。心臓がばくばくするからだ。


「昨日からおまえ変だろ」


昨日、そう言われて思い返すのは龍太郎にキスをしようとした事。

それも すき と 言って。


「んな、わけ、ねえ!」


しまった。声が上ずった。

「あ?」

くるり、未だ上半身裸の龍太郎が振り返った。そして一歩、俺へと踏み出す。

「な、なんだよ!?」

動揺が隠せない。なんで近づいてくんだよ!?しかも裸のまま!ふ、服きろよっっ!!


「おまえ…」


逃げ場がない!心臓がばくばくする!破裂しそうだ!


「顔が赤いな、」


次の瞬間、頭を掴まれ引き寄せられた。


「熱?」


龍太郎の額に。



その後、どうなったかと言うと。

全速力で逃げた。

うわああああああっ!そう叫んだ自分の声がまだ脳内に木霊してる。

なにやってんだ、オレ。

でも。ああでもしないと、死んでた。心臓が身体ぶち破って飛び出すんじゃないかってくらい煩くて、どうしようもなかったんだ。

額と額を合わせる、そんなこと昔っからよくやることで、慣れた事の筈なのに。龍太郎の綺麗な顔があんなにも近く、息だって触れる距離で。

収まり始めた心臓がまたトクン、小さな音を立て始める。

…もう、よそう。龍太郎への言い訳に体調不良を用意して、明日からまた普通に接すればいい。

龍太郎を避けてバスで帰ってきたから、だいぶ時間が稼げたはず。早く部屋に戻ってベッドで寝たふりしなきゃな。

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