01
「ただいまー…母さん?」

いつもならリビングへの扉を開けるとフリルのエプロンをつけ満面の笑みで迎える母さんが、今日は珍しくダイニングテーブルの椅子に腰掛け、動かない。

「チハル。」

そして、静かにオレを呼んだ。
…いや、オレじゃない。
いつもならトモくんって呼ぶはず。なのに今日は何故。

チハル なんだ?

「さあ、座って。」

怒ってるわけでも、不機嫌なわけでもない。ただ、静かに、そう言った。普段と違う母さんに少しドギマギするオレ。だけど、覚えがある。この母さんには。

こういう時の母さんは、そう。
なにか厄介なお願い事を申し付ける時だ。


「ママね、真っ剣に考えたの。」


どんっ、とテーブルを叩いて訴えかける母さん。だけど、その真剣な考えはオレにとって厄介でしかない。母さんの考える事はいつも突拍子なお願いだからだ。

「やっぱり貴方は女の子であって男の子ではない。だからと言って貴方を愛していないわけじゃないのよ、チハル。」

オレとしては、なんだかもう今更。そんなこと言われなくたってわかってる。母さんは、うっ、と涙し嗚咽してみせるがいつものことなので動揺もない。

「でも、息子が欲しいって夢は諦めれなかった。」

それに母さんに諦めるの文字はない。諦めれるようなら産まれた時、女の子としてそだてているはず。もう17年だ。分かってて付き合ってるし、正直もうオレもこの生き方が楽だしな。


「だからね、」


ずいっと顔を前に出し、鋭い眼光をオレに向けた。

「竜くんのお母さんと相談して決めたのよ。」
「…は?なんで竜太郎の母さんが出てくんの?」

やはり突拍子ない。なぜかオレの性別問題から龍太郎ママ?

頭に疑問符を浮かべるオレを他所に母さんは話を続ける。

「あそこは男3人兄弟だし、チハルちゃんになら是非だなんて幸子さんも喜んでくれてね!」

嬉しそうに話を進める母さんについていけない。

息子が欲しかった、でも産まれたのは娘でいくら息子のフリをさせても娘は娘で、そうすると息子を手に入れるには?

だから、つまりーーー?


「だから竜太郎くんが18歳になったらお婿さんとして我が家に迎えようと思うのよー!」

婿養子として、息子をゲット?

「つーか…誰の?」
「なにいってんのよ!チハルしかいないでしょ!」

龍太郎がオレの婿に?
オレは龍太郎の嫁に?

は、なんだそれ。

なれるわけねーじゃん。





だって、オレは、オレ…は、


「っ…ふざけてんじゃねーよ!!!!」


自分でもビックリした。こんな風に母親に声を張り上げた事なんて、今まで一度もなかったからだ。

でも、とまらなかった。

なんで、どうして、わけわかんねえ。
男として生きてきたのに。ずっと。
なんで、いまさら。いま。どうして。

心のどっかが、決壊して溢れ出して、崩壊し始める音を立てる。

「男のオレが嫁になんかなれるわけねーじゃねーか!」
「なにいってるのよ。あなたは、女の子でしょう?」
「女なんかじゃねえ!男だっ!」

わかってる、本当は。
生理だってくるし、胸だってあるし、髭だって生えない。

自分が 女 だって
誰よりも 知ってるんだ。

「嫌だっ!ぜっ、たっい嫌!」
「落ち着いて、チハル。ねえ?」

でも、だって、
認められない理由が、ある。


「オレはっ…女なんかじゃない!」


だって「女」になったら
龍太郎のそばにいられなくなる。



「竜太郎の女になんか、なんねえっ!」




オレの声が響くのと同時に、リビングの扉が開いた。


「チハル、」


その次の言葉が怖くて堪らずに、オレは家を飛び出した。


見せられない、見られたくない。

こんな男でも、女でもない、自分なんか。

龍太郎の前から、消えてしまいたい。

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