03
「は…」

オレから乾いた笑いが零れる。

「どうしてさ、」

そんなオレをじっと見つめる桜庭に珍しく笑みが消えた。淵に溜まった涙にでも気付いたんだろうか。

「オレは男に産まれて来なかったんだろーな。」

桜庭から反らすように俯くと溢れてしまった。ぽたり、ぽたり。落ちては綿パンに染み込んでいった。

ナイキの黒のシューズが目に映り思い出す。サイズがなくて何店舗も龍太郎付き合わせて探し回ってネットショップも見まくって、どこの店にもなくて。結局買ったのはレディース物。

学ランも、男っぽい靴も。
結局、全部偽物だった。

俺が本当に男として産まれてこれば、何一つ不自由なんかなかったのに。

「そしたら母さんも、竜太郎もきっと喜んでくれたはずなのに。」

きっとそうだったはず。長男として育てられて、母さんの宝物になって、龍太郎とはずっと親友として傍にいれたはず。

「チハルちゃん」

桜庭の真っ直ぐとした声が聞こえた、次の瞬間。

「ッ痛!」

デコに激痛が走った。

「その考え、だーめ」

オレのデコへ放った指はそのままに、凛人はそう言ってにっこりと笑った。

「ねえ、女の子になってみない?」
「…はあ?」

こいつはオレの話を聞いてなかったのか?男になりてぇって泣いてるオレに何言ってんだ。

「オレは、龍太郎の傍に居たいんだよ」

帰ったらどう仲直りしようか。2度も龍太郎から逃げたんだ。きっと龍太郎も怒ってるに違いない。というより、絶対不機嫌だろ。

そんな事を考えつつ、はあ…とため息や漏らす。

「それは萩野の女性不信があるから?」
「そうだよ。女が触っただけでグロッキーなんだ。」
「なんでチハルちゃんは大丈夫なの?」

そんなもん決まってんだろ。

「龍太郎はオレを男だと思ってんだよ」

オレのその返事を聞くと、桜庭は少し首を傾げる。少し悩んだ素振りを見せた後、また口を開いた。

「だからさ、逆にチハルちゃんが女の子になって段々慣らしていけばいいんじゃないの?」

慣らす? 女に?

「龍太郎の女性不信を克服させる、って事?」
「そうそう。そしたらチハルちゃんも女の子として萩野に寄り添えて、傍にいるだけじゃなくもっともーっと幸せになれるって事だよ」

女の子として、龍太郎に寄り添う。
そんな事一度だって考えなかった。

「“可愛い”とか“綺麗だね”って萩野に女の子として言われたいでしょ?」
「かわいい…か、」
「そう思うなら、チハルちゃんは、正真正銘の女の子だよ」

“可愛い” “綺麗”

それは、一体どんな気分なんだろう。

本当は少し憧れたんだ。可愛いウサギのマスコットも、ピンクでリボンのついたバレエシューズも。


「女になっても…いいのかな」


ぼそり、小さな小さな声で呟いた言葉に


「チハルちゃんは、もう女の子だよ」


そう言うと、桜庭は笑った。

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