12. Some people are worth melting for.


(六の花)


 暖められた室内で、ゆっくりとココアを飲む。クッションを干そうかとカーテンを開け、白くなるほど結露しているガラスに驚いた。
「え……」
 幾多もの水滴で歪む景色の向こう、コマ送りのように景色が斜めにスライドしている。これは。
 ガラリと一息に窓を引きあけると、切り裂くような冷たさが一気に濁流となり室内の温風を追いやった。ざっくりと編んだ綿帽子が地面に吹き付けられている。雪だ。今年初めての冬の贈り物に思わず顔が綻んだ。
「あっ!」
 声を上げた名前はハッとしてベランダに置いている植物を室内に仕舞い込む。どれも気温の変化には強い品種だが、流石にこの寒さは堪えるだろう。置いてある温度計に視線をやれば、ギリギリ氷点下を指してはいないことにひとまず胸を撫で下ろす。
 作業がひと段落したところで、鼻先すらかじかんでしまいそうな寒さに負けて早々に窓を閉じた。カップを両手で包み、ぬるくなってしまったココアを半分ほど啜る。
 彼は、大丈夫だろうか。
 声をかけたところで屈強な恋人はきっと、これも鍛錬の内だとか、小官は寒さに強いので問題ないと返してくるに決まってるだろうけど。一語一句違わず脳内でセリフが再生できてしまって名前は思わず苦笑する。
 それでも。
 思い立ったら吉日とばかりに名前はクローゼットに駆け出した。目的はシンプルな収納に混じって鎮座している、この家にはそぐわない年季の入ったタンス。
「確かここに……あった!」
 上から二番目の引き出しの中に、果たしてそれは存在していた。手編みのもこもこの靴下と手袋は、同じ橙の毛糸で作られている。祖母の手作りだ。装着すればウール本来の温かみが感じられた。ついでにマフラーも巻けば準備は万全。
 よし、と気合を入れて先程より勢いよく窓ガラスを引き開ける。寒風に一瞬身が竦んだものの、負けじと手摺の淵に積もった雪を掴んで丸めていく。大小様々なそれを四つ、バランスを見ながら積み上げる。大きい方は理鶯さんで、小さい方は私。木の実を飾り付ければ手のひらサイズの雪だるまの完成だ。多少いびつなのはご愛嬌。
 白く染まる空をバックに、早速出来上がったばかりのそれに向けてカシャ、とシャッターを切る。うん、思ったより可愛いかも。
 高揚する気持ちのまま送信先にトークアプリを指定する。直ぐにぽこん、と通知を知らせる音が響いた。
『おはよう名前。これは小官と貴女だろうか?良くできた雪だるまだな。とても愛らしい』
『ふふ、つい浮かれて作っちゃいました。理鶯さんの方も積もってますか?』
『5cm程。今日は店は休みだろうか?凍結した地面は滑りやすく危険だから、できれば家にいて欲しい』
 こんな時でも身を案じてくれる理鶯に名前は擽ったい気持ちになった。少し悩んで、ゆっくりと返信を打ち込む。
 乗ってくれるかな。
 期待半分、不安半分で雪を眺めながらソワソワしていると、不意にスマホが震えた。着信表記に慌てて通話ボタンをタップする。
「も、もしもし」
「How totes adorb.今からそちらに向かう」
「え、え?あっはい」
「いい子だ。着く頃にまた連絡しよう」
 突然の英語に困惑している間にそれだけ伝えたスマホはプツリと通話が切れていた。ご丁寧に切れる直前にリップ音つきで。
 顔に降り注ぐ雪は一瞬の後、体温に溶けていく。
 赤く染まった鼻先にも気づかない程呆けていた名前は、ゆるゆると手元に視線を落とした。ありがとうございます。お家にいますね、と返信した画面を下にスクロールすると出てくるのは、送ったばかりの文面。
『初雪、理鶯さんと見たかったな』
 本音を乗せた言葉に名前はほんのりと頬を染める。ちょっと素直すぎただろうか、なんて不安は30分後、満面の笑みで抱き締めてくる恋人の熱で吹き飛んでしまうのだ。




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