05. And whispered in his ear


(勝つのは天使か、それとも悪魔か)


 額に流れる汗を拭う。
 木漏れ日というには些か攻撃力のあり過ぎる日差しがチラチラと頬を刺すのを感じた。9月も初旬を過ぎた頃だが、一向に夏が過ぎ去る気配は無い。
 理鶯と出会って半年が経とうとしていた。事あるごとにベースキャンプを訪ねていることもあり、名前は日中であれば一人で向かえるほどには道を覚えてしまっている。
 よいしょ、と気合を入れてサックを背負い直す。今日は初めてのお泊まりだ。以前一度だけ、雷雨で帰れなくなったことはあったが、大抵は日付が変わる前に家まで送ってもらっている。
(楽しみだなぁ)
 飯盒炊爨とかするのかな。幼い頃に体験学習で経験したことを思い出しつつ、名前は笑みを浮かべる。後もう一息。浮き立つ心に急かされる様に足を早めた。
 
 漸く辿り着いたベースキャンプでは、何やら忙しなく理鶯が動き回っていた。上がっている煙を見るに、どうやら昼食の準備をしているらしい。
 理鶯さん、と声を掛ければ、顔を綻ばせた後嬉しそうに此方に腕を広げ近づいてくる。
「名前、よく来てくれた。道中怪我などはしていないだろうか」
「ふふ、装備もバッチリ決めてきたので問題ないです!」
 それは良かった、と広げた腕を回されるのと同時に、髪にリップ音が落とされる。理鶯はスキンシップが好きな様で、事あるごとにこうして熱烈な愛情表現をしてくる。此方がまだ慣れないのが些か難点だが、染まる頬すらも愛らしいと零す理鶯に悪い気はしなかった。
「丁度昼食の準備が出来たところだ。腹は空いているだろうか?」
「お腹ぺこぺこです、御相伴に預かってもよろしいですか?」
 茶目っ気を混ぜ込んで返答すれば、勿論と腕まくりをして火にかけられた鍋に戻っていく理鶯。随分とご機嫌な様で鼻歌まで聴こえてくる。準備を手伝おうと同じく腕まくりをしたところで、名前ははたと気がついた。
「あれ?これどうしたんですか……?」
 視界の端に鈍色に光る物体。アースカラーを基調としたベースキャンプに見慣れないドラム缶が鎮座している。真新しいそれは、よく見れば加工されている様だった。
「ふふ、バレてしまっては仕方ないな」
 これまたご機嫌に振り返った理鶯は、流れる様な動作で立てた人差し指を口元にあてる。shh、と囁かれる吐息。
「今はまだ、内緒だ」
 パチン、と瞬きを一回。ウィンクだ。理解するより先に膝が崩れ落ちる。
「ゔっ……!!」
「!どうした名前、何処か痛むのか」
 格好良すぎる。そして可愛すぎる。赤くなった顔を隠す様に両手をやり、指の隙間から恨みがましく見上げれば、駆け寄ってくれた理鶯は心配そうに此方を見つめていた。
「あんまり格好良いこと、しちゃだめです」
 苦し紛れにそう呟けば、ぱちくりと瞬きをした後に表情を和らげるのが見えた。
「そのお願いは聞けないな。照れた貴女も愛おしい」
 さぁ、昼食にしようか。差し伸べられた手を取りつつ、この人には敵わないなぁと悔しく思った。
 
 ジビエとフルーツを主体とした豪勢な昼食は、筆舌尽くし難いほどに美味で、黙々と食べ進めてしまう。理鶯から向けられている視線に気づかない程に名前は夢中になっていた。
「その、味はどうだろうか」
「とっっても美味しいです!どれも本当に……理鶯さん実はシェフだったりしませんか?」
 こて、と首を傾げながら悪戯っぽく問えば、きょとんとしたあとそれは嬉しそうに理鶯が笑う。
「そうだな、貴女専用のシェフになりたいと小官は思っている。持てる限りの腕を振おう」
 する、と左手を取られ手の甲にキスを落とされる。そのまますり、と彼の頬に寄せられ一気に顔に熱が集まるのが分かった。
「……考えておきますね」
 視線を外しそういらえるので精一杯な名前を見てクスリと笑みを溢した理鶯は、最後に指先にキスを落として握っていた手を解放する。
「さぁ、存分に召し上がれ」
 赤くなった顔を冷ます様にぱたぱたと手で仰ぐ名前に再び笑みを溢すと、理鶯もまた食事を再開した。
 
 一番日差しの強い時間帯を過ぎ去ってしまえば、幾分か過ごしやすくなる。街に比べて気温も低く風の通りやすい山は、燦々と差し込む木漏れ日も相俟って心地よい空気が漂う。
 夜はカレーを作るという理鶯に瞳を輝かせた名前は、意気揚々と木の実を拾いに出掛けていた。
「これは……グミの木かな、懐かしいなぁ」
 収穫時期がズレているため実を結んではいないが、青々とした葉が陽光に煌めいていた。真っ赤に熟したヤマボウシをいくつか手に取り、籠の中に詰めていく。甘みの強い柔らかな果肉はジャムや果実酒の具材にもってこいだ。木の実は野生の動物達のご馳走でもあるから、ほんのちょっぴり分けてもらうつもりで。そうやって少しずつ採集していき、二人分にしては十分な量が取れたところではたと気づく。少しベースから離れすぎてしまったようだ。
 夢中になって気づかなかったが、段々と日も傾いてきている。余り離れすぎるのは得策ではないだろう。カゴをサックに仕舞い、元来た道を辿る様に歩き出す。
(こっちであってたっけ……)
 コンパスを確認したものの、木の実に誘われるまま歩いていたせいかそもそもの方角がわからない。朝から歩き通しの足も先程から悲鳴を上げており、日は刻々と地平線を目指して進む。ここにきていよいよまずいことになったと名前は下唇を噛んだ。
(余り離れすぎないようにって、言われてたのにな……)
 浮かれた気分でいた罰だろうか。自己嫌悪と恐怖がない混ぜになってじわりと視界を歪ませる。りおうさん……と呟いた声は足元を転がり草木のざわめきに吸い込まれていった。
「名前」
 ガバリ、と音がつきそうな勢いで後ろから抱き竦められた。突然の衝撃に心臓が飛び出さんばかりに跳ね、視界を滲ませていた雫は空中にパッと散る。
「な、わっ、理鶯さん、!?」
 見上げれば、そこには当然の様に理鶯がいた。回された腕は、少し汗ばんでいる。二度深呼吸した彼は、視線をあわせ漸く安堵の息を吐いた様だった。
「すまない。小官としたことが、獲物を捌くのに夢中で貴女が離れたことに気づけなかった。怪我はしていないだろうか」
 存外浮かれていたようだな、と自嘲するように溢す理鶯の腕の中で、名前はぶんぶんと首を振る。だって、自分が悪かったのだ。
「そんなことないです、寧ろ私の方が……ごめんなさい、余り離れるなと言われていたのに」
 自然と下を向く視線。情けなさと息が上がるほど探させてしまった罪悪感に名前が顔を上げられずにいると、ぽす、と大きな手のひらが乗せられる。
「いや、貴女がいないと気づいた時には肝が冷えたが、こうして無事でいてくれて何よりだ。さぁ、帰ろう」
 優しく撫でられ、また視界が滲みそうになるが、ゆっくりと抱き上げられる感覚にすぐに涙は引っ込んだ。
「やだ、重いです、下ろしてください!」
「断る」
「!?」
 にべもなく却下され、パタパタと抵抗していた足から思わず力が抜ける。満足そうに頷いた理鶯は額にキスを落とし、耳元に顔を寄せた。
「良い子だから、大人しくしていられるだろう?」
 流し込まれる低音。肩に顔を埋め、はい、と小さく応えれば至極楽しそうに喉を鳴らして笑う理鶯。ベースに着くまでの間、迷彩越しに響く少し早い彼の鼓動をずっと聞いていた。
 
 ベースに着いた頃には完全に日も落ち、既にほとんどの準備がされていた。パチパチと薪がはぜる音が心地よく響いている。
 名前を丁寧におろした理鶯は、手際良く夕食の準備を進めていく。慌ててサックから木の実の詰まったカゴを取り出せば、ふわりと笑った理鶯に頭を撫でられ、面映い気持ちになった。
「米は分けてもらったものでな。あと少し蒸らせば完成だろう」
 言いつつカレーの入ったスキレットを温め直す理鶯は、採ったばかりのヤマボウシを取り出し洗いだした。外皮を剥き、ナイフで種を弾いた後、黄色くとろりとした可食部をスキレットに放り込み、ヘラで押しつぶすように混ぜ込む。
「コクを出すのに重宝するんだ。良く熟した良い実だな、流石フラワースタンドを営むだけはある」
 突然眼識があると褒められ、ふにゃりと相好を崩してしまう。良かった、迷っちゃったけど無駄にはならなかったみたい。ほっと胸を撫で下ろした名前は手伝いを申し出るが、もう盛り付けるだけだからと座らされてしまった。残念、飯盒炊爨はまた次回だ。
「さぁ、存分に味わってくれ。貴女のために用意した夕食だ」
 コト、と手作りのウッドテーブルに皿が置かれる。スパイスが絶妙に香り立つそれは、視覚だけで美味しいと確信してしまう程の出来栄えだった。歩き疲れてお腹はぺこぺこだ、名前は早速手を合わせて頂きますと呟く。
「〜〜!!とっても、とっても美味しいです……!!」
 きらきらと瞳を輝かせて感極まったかのように呟く名前の姿に、理鶯もまた嬉しそうに表情筋を緩ませた。小さな口いっぱいに夢中で食べる姿はやはりリスの様で、思わず柔らかな頬に手を添えてしまう。ごくりと口の中のものを嚥下した名前は、きょとんと理鶯を見上げ首を傾げた。
 視線があった瞬間、ぱちり、と火の粉が散る。炎が映り込む名前の大きな瞳はゆらゆらと輝きを増し、頰に添えた指を滑らす先、焚き火に照らされツヤツヤと光る唇に瞳を奪われる。
「理鶯さん?」
「……いや、何でもない」
 ややあって首を振った理鶯は、気を取り直した様にカレーを口に運ぶ。不思議に思ったものの、名前もそれに倣い食事を再開した。
 
 両手でマグを持った名前は、ほぅと息をつく。中に入っているのは理鶯が育てている豆の木から作られたコーヒーだ。
「……どうかしました?」
「む」
 ニコニコと此方を見つめてくる理鶯の視線に何となく落ち着かない気持ちになる。訊ねれば、いや、と笑みを浮かべたまま理鶯はかぶりを振った。
「少しずつ、食べれる様になってきたな」
「?」
「貴女は余りにも少食だろう。幾ら華奢とはいえ心配だったんだ」
 こくり、とコーヒーを嚥下しそう呟く理鶯は、依然穏やかな視線を此方に向けていて。
「ふふ、よく言われるんです。でも困ったな、理鶯さんのご飯美味しいから。最近ちょっと太ってきちゃった気もします」
 照れて視線を外せば、する、と頬に手を添えられる。
「……理鶯さん、ほっぺ触るの好きですよね」
「あぁ。触り心地が良くてつい、な」
「もしかして顔にもお肉が……!?」
 ふにふにと柔らかさを楽しむ様に撫でてくる指に愕然とすれば、大真面目な顔で視線が合う様に顔を固定される。
「名前、今一度言うが貴女は痩せすぎている。間違ってもダイエットは考えないでくれ」
「むむ……!」
「抱き上げた時だってそうだ、軽すぎて小指で持ててしまうかと思った。それに小官は美味しそうに料理を食べてくれる貴女の姿をとても好ましく思う」
 いつになく饒舌に語る理鶯に気圧され、こくこくと首を縦に振れば、うむ、と満足そうに頬を解放される。思わず頬を抑えれば、ここまでの小官の努力を無駄にしないでくれ、と重ねて念押しされた。努力とは。
 首を傾げる名前の頬に不意打ちでキスを落とした理鶯は、さて、と立ち上がった。
「ふ、不意打ちは卑怯です!」
「ふふ、ソルジャーたるもの油断は禁物だ」
「私はソルジャーじゃありません……! あの、何かされるんですか?」
「風呂にしようか。汗も流したいだろう」
 言われて自分の格好に気づく。散々歩き回ったせいか、アウトドア用に準備した衣服は所々汚れてしまっていた。
「ここお風呂あるんですね……!」
「夏場は近場の水源で身を清めるが、貴女には冷たいだろう。少し準備があるから、待っててもらえるか?」
 コクリと頷けば、何やら木材を持って理鶯はテントの裏手へと消えていった。少し覗きたい様な気もするけれど、時折聞こえる硬質な音と焚き火の音をBGMに大人しく座って待つ。そうやってコーヒーから湯気が上がらなくなった頃、理鶯は此方に戻ってきた。
「待たせたな。着替えは持ってきているだろうか」
「はい、勿論です」
 よしと頷いた理鶯に着替えを詰めたパックを取り出し見せる。ついてきてくれ、と案内されるがままにテントの裏へ足を進めれば、すぐに目的の場所に辿り着く。
「これ……!」
 そこには可愛らしいイエローのポータブルテントがあった。その隣には昼間みた真新しいドラム缶が鎮座し、中からは暖かそうな湯気が立ち上っている。下は石を積み上げられた土台の中に、薪がパチパチと火の粉を散らしていた。
 所謂ドラム缶風呂というやつだ。本物を初めて目の当たりにした名前はきらきらと瞳を輝かせ理鶯を振り返った。
 その反応に満足そうに息を吐いた理鶯は、名前の髪を一房掬い、その先に口付ける。
「ふふ、内緒だと言っただろう? テント内には簡易シャワーがあるから、先ずは身を清めるといい。浴び終わったら声をかけてくれ」
 地がきめ細やかで柔らかなタオルを渡され、促されるままにそのイエローの縦長テントに入る。
 ジップを上げる前に理鶯さんは、と声をかけると、小官は火を見ているから、と穏やかに告げられた。
 テント内は上部に取り付けられたランタンで照らされ、シャワーを浴びる分には問題ない明るさが確保されている。着替えの入ったパックを同じく上部にあるフックに吊り下げ、さて、と服を脱ごうとしたところではたと気づく。
(理鶯さん、火を見てるって……)
 つまり、この薄布を隔てたすぐ隣に彼がいる。意識したら急に手汗が滲むのを感じた。ドキドキと跳ねる鼓動を抑えそっと外の気配に耳を澄ませるが、聞こえてくるのは焚き火が時折はぜる音のみ。もしかしたら流石にこの場を離れてくれたのかもしれないと思い直し、思い切って服を取り去った。
 シャワーを捻れば直ぐに適温になった湯が降り注ぐ。シャンプー、ボディーソープは自前で持ってきたものを取り出し順繰りに泡立て身を清める。ふわふわと泡立った身体を洗い流せば、すっきりと心地よい気分になれた。


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 一方その頃。
 理鶯は目の前の光景に頭を抱えたくなる思いだった。外は星明かりと焚き火の頼りない光源しかなく、反対にポータブルテント内はランタンでしっかりと照らされている。
 つまり、シルエットが浮かび上がってしまっているのだ。名前の一挙手一投足がそれはもうくっきりと。足先から腰を経て、胸元に辿り着く手前で視線を落とし、極力気配を消し火に向き合う。
 衣摺れの音が聞こえている最中は何とか素数を数えることで気持ちを落ち着かせたが、一度視覚で認識してしまうとだめだった。衣摺れが聞こえなくなったタイミングで、そういえばシャワーの使い方を教えてなかったと視線を向けたのが不味かったと歯噛みする。
 少しの間があってシャワーの音が聞こえてきたことからどうやら無事に使えた様だが、やはり存外浮き足立っていることをまざまざと突きつけられてしまった。彼女に如何に心地よく過ごしてもらうかという気持ちで用意した風呂だが、今になって自分の首を絞めることに気づくとは。
(小官もただの男だということか)
 自嘲の笑みを浮かべるが、頭を振り邪な考えを振り切る。今はこっちが最優先だ。火元を確認しつつ、最適な温度になる様に集中した。
 
 キュ、とコックが捻られ絶え間なく鳴り響いていた水音が止まる。
 ややあって理鶯さん、と控えめに掛けられる声。
「もう大丈夫か?」
「っ、はい。開けますね……」
 ジジ、と中からジップが下げられる。渡したタオルを身体に巻き付けた名前は恥ずかしそうに胸元を押さえていた。余り見ないようにしながら手を差し伸べれば、しっとりと温まった小さな手が乗せられる。
「底以外は熱くないから、ヘリを掴んで入るといい。中には火傷をしないようにスノコを敷いているから安心してくれ」
「わ、本当だ……」
 手が離れ、ちゃぽ、と静かな水音が耳に入る。ほぅ、と息を吐いた気配がするが、顔を上げることは出来なかった。
「湯加減はどうだろうか」
「とってもきもちいです……」
 掠れた声にごくり、と喉が鳴る。ガサガサと無心で灰を掻き出していると、額に手が当たる感覚がした。そのまま前髪をくしゃりと握られる。
 ゆっくりと見上げれば、星空をバックに、蕩けた様な表情で微笑む名前。濡れた髪は頬に張り付き、肩は上気して赤みが差ししていた。指先から伝った雫が理鶯の額を濡らし顎先を伝う。
(――余りにも、目に毒だ)
 膝を立て、掬い上げる様に唇を奪う。しっとりと濡れたそれは、何よりも甘美な果実となって理鶯の理性を蝕んだ。
 
「お風呂、とっても気持ち良かったです。ありがとうございました」
 隣に用意した簡易ベッドで名前は内緒話をするかの様に礼を囁く。昼はうだるような暑さでも、流石に9月ともなれば夜は爽やかな風が吹いていた。時折聞こえる葉擦れに混じり鈴虫の声が聞こえ、ランタンで仄かに照らされた彼女の顔は微笑みを形作っている。
「喜んで頂けた様で何よりだ、次からも用意しておこう」
「ふふ、私次は飯盒炊爨をしてみたいです」
「あぁ。次は目を離さないようにしないとな」
 悪戯っぽく囁けば、むむ、と小さく唸る名前。それに笑い額にキスを落とすと、恥じらいながらも嬉しそうに顔を綻ばせた。おやすみと寝袋に潜り込んだところで、じぃと隣からの視線を感じる。どうした? と視線で問い掛ければ、掛け布団を目元まで覆った彼女は何事か呟いたが、如何せんくぐもっていて良く聞こえない。
「すまない、聞こえなかった。もう一度聞かせてくれないか?」
 こちらの言葉におずおずと顔を出した名前は、視線を外しつつ口を開いてくれた。
「お、おやすみの挨拶は、ここだけですか……?」
 先程キスを落とした額を摩りつつそう零す名前に思わず身を乗り出し覆い被さる。瞳を丸くする彼女の唇を奪えば、一拍置いて瞳が閉じられる気配がした。舌先で唇を突き、薄く開かれたそこに己のそれを捻じ込む。口内を逃げ回る舌を捕まえゆっくりと絡めれば、途端に身体から力が抜けるのを感じた。薄く開いた視界の端でシーツを握り込む指先が見え、堪らない気持ちになる。
「んぅ、……ふ、ッ」
 吐息混じりの微かな鳴き声に、欲望を形作るそこが怒張していくのが分かった。これ以上はいけない。シーツごと彼女の手首を抑え、ここまでだと唇を離す。
「ふ、理鶯、さん」
「……名前」
 余り、煽らないでくれ。耳元に欲を流し込む様に低く囁けば、こくこくと真っ赤な顔を縦に振る彼女。
 ふ、と笑みを溢し最後にバードキスを落とせば、余程恥ずかしかったのだろう、両手で顔を押さえてしまった。再び寝袋に潜り込み、彼女の手を取りそこにもキスを落とす。
「おやすみ、良い夢を」
「……おやすみなさい」
 心地よい疲れと空間を満たす幸福に徐々に意識が微睡んでいくのを感じる。一足先に眠りの舟を漕ぎ出した彼女は、一定のリズムで穏やかな寝息を立てていた。今夜はきっと、温かな夢を見れるだろう。




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