「幻太郎がさ〜!!分かってたけどさ〜!!」
誰が言い出したことだったか、唐突に元カノについて聞いてみよう、という話からこの流れは始まった。
普通に聞いたら心が折れるよね、ということでアンケート形式でスタートした聞き込みは、お酒の勢いもあってかガンガン遠慮なく深掘りされ、事実が明らかになる度に佑以外の二人は凄まじく凹んでいく。
いつもの様に穏やかにスタートしたはずだった女子会は、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
みきこの恋人である夢野幻太郎は、雪解けの雫の如きご尊顔、と形容されるほどの二枚目で、過去は随分と女性泣かせだったらしい。これ!!と見せられたスマホの画面には夢野とセクシー女優との逢瀬がすっぱ抜かれており、名前は思わず眉を顰めてしまった。
「うぅ、知ってたよ、知ってたけど……全員私とタイプ違うじゃん……あのヤリチンめ……すき……」
「みきちゃん……」
グラス片手にぺしょりと萎れてしまったみきこは、泣き上戸かと思うほどにぐすぐすと鼻を慣らしている。
「今は貴方だけですよって来てるじゃん」
佑はそんなみきこを一瞥しわしわしと頭を撫ぜ、震えた端末に映った通知を読み上げるが、みきこは尚もキャンキャンと恨みを並べていた。
「そんなの幾らだって言えるじゃん〜〜!!」
「ダメだわこれ、潰そう。名前そこのジョッキ取って」
「うん……大丈夫?」
「ん、こいつの適量は把握してる。ほら口開けろ〜〜」
無遠慮にグビグビと注ぎ込まれるアルコールをされるがままに受け取ったみきこは、きゅう、とソファーに突っ伏しやがて寝息を立て始めた。
おぉ……と感心したところで名前は先程から顔色の変わらない佑に視線を移す。
「佑ちゃんは、その、どうだったの」
「んぁ、見る?」
ずい、と突き出されたのは佑とその恋人である天国獄のトーク画面だった。どんな人?何人?最長何年?別れたきっかけは?と矢継ぎ早に投げかけられる質問にも天国は一つずつしっかりと答えている。
「やっぱり天国さんモテるんだね……!」
「だろうね、見た目良いし金持ってるし。ていうか歳が歳だし」
三組中一番歳の離れたカップルである天国と佑だが、一番女性側に余裕がある組でもあった。本人の素質によるところが大きいのかもしれないが。
少し下にスクロールしたところで、ごふっと名前は噎せ込んだ。危うくチャイナブルーを吹き出すところだったと涙目になった名前の手元を覗き込んだ佑は、あぁと事もなげに言い放つ。
「意外と初めて遅いよねー。経験人数八はまぁ妥当かなって感じ」
「なん、な、明け透けすぎやしません……!?」
これには流石の天国もタジタジな様で、事情聴取かと突っ込みを入れている。でも、律儀に答えちゃうんだとトーク画面を見て苦笑した。
(佑ちゃんはこのぐらいで揺るがないっていう信頼なんだろうなぁ)
こっそりと佑を盗み見ると、やはり普段と変わらずもくもくと料理を食べ進めている。名前がいつも半人前しか食べられないので、佑が1.5人前を平らげるのは最早お約束となっていた。
「それより名前は?」
「へっ?」
急に話の矛先を向けられ、間抜けな声が出てしまう。ずいと此方に顔を近づけた佑は、猫を思わせる相貌をにたりと細めスマホを覗き込んできた。
「何、まだ聞けてないの?」
「だって……」
トーク画面は未だ過去の恋人の数を聞いた段階で止まっていた。二人、と返された返答を見つめていると、手元から忽然とスマホが消える。
「!?な、佑ちゃん!?」
「どうせ聞いても聞かなくても気になるんでしょ、ほら」
返された画面には、どんな方でしたか?とご丁寧に口調まで真似て問いかける文が打たれていた。結果を見る勇気がなくてホーム画面に戻れば、直ぐにぽこん、という音と共に新着メッセージが一件ありますと表示される。
「あ、帰ってきたじゃん」
「ぐ……!」
「見なくて良いの?」
「見たい……けど……佑ちゃん」
半ば泣きべそをかいて佑を見つめれば、しょーがないな、と零した佑は再びスマホを奪い画面をタップし始めた。
「ほー……。名前、後なんか聞きたいことある?」
「佑ちゃんと同じことかな……あ、夜の話は大丈夫です!」
「なるほどなるほど。はいよ」
ぽこん、ぽこんと通知が連続で聞こえることから、幾つかやりとりをしているらしい。落ち着かない気持ちを紛らわすために未だ寝こけているみきこの頬を突けば、パン生地の様な柔らかさを伝えるそれはうゔんと唸った。
ふふ、と笑みが溢れたところでずいとスマホを渡される。受け取るのを躊躇していると、無理矢理手を取り握らされた。ここまで来たら見ないことには仕方ないだろうと、はー……とひとつ深呼吸をしたところで思い切ってトーク画面を開く。
そこには、知りたいけれど知りたく無かった現実がただ整然と表示されていた。
『どんな方でしたか?――穏やかで猫が好きだった』
『最長何年でしたか?――三年だな。』
『初彼女さんはいつ頃?――一八のころか』
『ご結婚を、考えられたことは――それは余りないな。小官もまだ若かったので』
完全に自分とやり取りをしていると思い込んでいる理鶯は、直ぐに返事を返してくれている。いつものあの穏やかな声音で再生されて、思わず強く目を瞬かせてしまった。
つい、と下にスクロールしたところで、指が止まる。
『その、過去お二人と何故別れてしまったんでしょう』
知りたくない。けれど、知りたい。過去から理由を学べば、彼と別離の道を歩む可能性を減らせるかもしれない。祈る様な気持ちで続きを見るためにスクロールした。
『一人目は家庭の事情で婚約を。二人目は入隊の際に戦果が芳しくなく二度と会えないかもしれないので手を離してしまった。』
暫く、頭が真っ白になった。
つまり、別れの理由は全て環境要因でしかないのだ。ならば、自分にだって同じことは起こり得るのだろう。例えば、明日にでもどちらかが海外に行かなければならなくなったら、
「名前」
静かな声音で呼ばれ佑に顔を向ければ、テーブルに置いてあったナプキンで頬を拭われる。そこで初めて、泣いていることに気がついた。
ぽこん、とスマホが震えて通知を知らせる。けれど、もうそれを開く気にはなれなくて。
いい?と視線で問いかけてくる佑に無言で頷けば、佑はスマホを操作し通知を開く。静かに微笑んだ彼女は画面を此方に向けてきた。
『名前』
『目の前に居ないのがもどかしいな。
おそらく酷く傷ついた顔をしているのだろうな。』
『こんな事を口先で言うのは誠実でないかもしれない、信じられないかもしれない。
しかし小官はもう貴方を離すつもりは無いし、離してもやれない。』
「愛されてんね」
だから、大丈夫だよ。いつもの朗らかな口調に分かりやすい優しさを混ぜ込まれて。ぽすりと頭に手を乗せられ、引き締めた筈の涙腺がまた緩む。
歪んだ視界で送った返事は、上手く纏まってないかもしれない。ややあって帰ってきた返事に目を通す前に、サイドボタンを押し込み電源を落とす。
「いいの?」
「後でちゃんと落ち着いてから見ます。ごめんね、ありがと佑ちゃん」
大丈夫だと判断したのだろう、グラスで冷やしたハンカチを佑は差し出してくれた。礼を言って受けとり目元に当てると、すぅと熱を奪っていくそれに幾分か気持ちも落ち着く。
「みきこが起きるまでになんとかしないとね」
その目、と揶揄う様に言って笑う佑は、ふにふにとみきこの二の腕を突き始めた。ふふ、内緒にしてね、と名前が照れた様に呟けば、クッキーね、と返された返事に思わず笑みが溢れる。
任せて、と返しスマホをポケットにしまい、佑と同様に名前もまたみきこにちょっかいをかけ始めた。
帰宅後、スマホの電源を入れればそこには二件の通知が来ていた。どちらも理鶯からのものだった。
心が必要以上に揺れない様、静かに呼吸をしながらタップする。
『そしてここで流れに乗ってプロポーズをするつもりはない。貴方とこの先も歩んでいきたいと思っている。この先はいずれ小官から言わせて欲しい。』
『この世のことは全て必然だ。出逢えたことも愛し合うことも。』
表示されていた文面を二回読み、再び深呼吸をした。自分に向けられた筈の言葉は、どこか他人事の様に脳裏を過ぎ去るばかりで。窓越しに見上げた夜空は晴れているのに、まるで霞がかかったかの様に胸の内が晴れることは無かった。