舌打ちをして出て行った灰崎に罰を与えるのは後でいい、一先ず彼女だ
「まだ痛むか?」
彼女のそばに立てば、少し涙ぐんだ瞳で頷く
犬神が無条件にあの靄を服従させることは無理だ。
アレらは強くなりたい
だから灰崎はアレらを唆し寄せ集め、己の血を奴らに零したのだろう
さすれば靄は毒されもがき苦しみ、毒が回りきれば灰崎の言うことをきくようになる
犬神の血は不味く毒だ
だが服従させたからと言ってアレ自体に強い力があるわけでもなく、犬神も呪う力は強いが妖怪ほどではない。
直接飲み込んだわけではないから少しあてられたぐらいであろう、解毒しておけばすぐ治る
「敦、取り祓え」
「俺まだ働かせられるの?」
「コレをやるよ」
仕方ない、有坂さんに食べさせようと思ってた栗饅頭をくれてやる
洋酒漬けの栗が包まっためずらしい饅頭は美味しくて、家で食べたとき真っ先に彼女が思い浮かんだというのに
「わー赤ちんから貰えるなんてめずらしー。いいよ、これ高そうだしやってあげる」
怖いのかすぐ横にある僕の脚に腕を回し体を寄せる。
大丈夫だよと頭を撫でれば安心したように紺青を細めた
「むっくん、うまくやってね」
「さっちんは俺をなんだと思ってるの?これくらいなんてことないし」
大きな手を狐の形にして有坂さんの白い喉へと齧り付く真似事をすると、肌に触れる前に小さな髑髏が出て来て喉を通り抜けた
「ゲェ、まっず」
「犬神の血が美味いわけがないだろ」
「わかっててやらせんだから最悪だよね、赤ちん。ど?もう声出せるでしょ」
「あ、あ…本当だ」
「ああ、良かった白雪ちゃん!」
確かめながら発せられる声は完全に消毒されたようで、安堵して一息つく。
桃井に今日は帰ることを伝えて返事を聞く前に有坂さんを連れ去る
来たらいいと呼んだのは僕だが、最悪だ
アイツが嗅ぎつけるなんて予想していなかったわけじゃないが、敵は彼女をつけ狙う妖狐だけかと思っていた
ー嗚呼もう、
「赤司くん」
繋がれた方の腕にやんわり触れるぬくもりに我に返る。
左下には潤みを残す紺青が僕を窺っている
その輝きに灰色の奸智を映しただろ?
君は信用してくれて無条件に僕たち妖怪を受け入れてくれたが、そんないいものばかりじゃない
「僕たち妖怪やそういう存在には、救われない魂もあるんだ」
彼女が味わえない弾かれたモノの悲しみ
紺青の瞳を、悪足掻きであっても守りたいのに
──薄ピンクの額から広がる真っ白な椿
あたたかい腕に抱かれて僕は見上げている
なぜこんなに目線が低い?
なぜ小さな腕にだかれている?
きれいだねと、幼い声が響いて、あれは誰だったか──
「それなら私は、無力であっても皆のために存在していたい」
ふと蘇ってきた記憶を振り払い、額をくっつけあって体温を共有する
初めてだ、こんなに近くでヒトの体温を感じるのは
初めてだ、頼りない少女の言葉がこんなにも嬉しいだなんて
「有坂さんの言葉は、とても…嬉しい」
まだ僕は自分で思っているより幼かったんだ
どんなに大人ぶっても妖怪を抱えていても、大きいフリをした小さな存在だった
「でもそれはもう口にしてはいけないよ。利用されるいい餌だから」
だから少しでもあの日廊下で拾い上げた偶然をこぼしてしまわぬように、きつく握りしめる
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