不可思議なことに、白雪は夢入したことも内容もすべて覚えていなかった



音もなく髪を揺らしながら白雪は廊下を迷いなく歩く。
自習になったので一人教室を抜け出して図書室へと向かう
灰崎の奇襲から一週間経ったがもう違和感も何もなく過ごせていた


同じく自習になっていた別クラスの黒子も図書室で本を読み耽っていた。

静かで誰もいなくて、
ー僕にとっては楽園だ

バスケ部の仲間とつるむのも嫌いではないが、彼等の才能ゆえの傲慢さをいつでも受け入れられるほど心は広くない。
人間に紛れて気を遣うでもなく、何かを我慢するでもなく。
無心に文字を追う
これが彼にとっては大切な自分らしく在る時間だ


「あれ?黒子くんだ」
「!」


誰も来ないと思っていたから増えた気配に気づけなかった。
しまった、と思うも紺青の輝きを見て彼は頬をゆるめる


「白雪さん」
「すごく久しぶりだね」
「はい。またお話できて嬉しいです」
「私もだよ!」


花が咲くように綻んだ顔につられ黒子も歯を見せた。
赤司と共にいた処で出会って以来、水色の彼は紺青の瞳と会うことはなかった。
それは黒子自身の存在感のせいでもあるし、彼女に被害がいかないようコッソリ靄を祓っている意図からでもあった

きっと黒子や赤司、黄瀬、緑間のみならず果ては青峰や紫原たちが靄を見かける度に祓ってくれていたと知ればやさしい彼女はひどく申し訳ない顔をして謝るだろう

彼女はそういう人間だ


「白雪さん、その目尻の紅は…」
「ああ、これ?なんか知らないうちにあったんだよねー。洗っても落ちないし、でも瞳と一緒で友達には見えなくて」
「赤司君は知っていますか?」
「たぶん…この間会った時にコレ見ていろいろ言ってたから」


印付されたか。
至近距離にいる彼女のニオイを嗅げば、以前はしなかった妖狐のニオイがほんの僅かに混じっている
あくまでもさりげなく守ろうと思っていたが、逆に相手を自由に動かしてしまった


「黒子くん?」
「、すみません。何でもないです」
「そう…?」
「はい。白雪さんのクラスも自習なんですね」
「そうなの。せっかくだから静かなとこで勉強しようと思ったんだけど、黒子くんに会えたからもっと楽しく過ごせるね」


隣に腰かけた白雪は教科書を黒子に見せたあと、ニッコリ笑って彼を覗き込んだ。
丸い瞳をさらにまん丸にし驚いていた黒子もはにかむ


「あ!蛟のこと調べたんだ!蛇と水龍の両説あるんだね」
「はい、でも僕の妖怪姿はどちらかというと龍に近いですねーー蛇は別にいますから」


彼女ほど蛇の似合う人は往々にしていない、と笑う


「河の主として崇められていたって書いてあったり、すごい妖怪なのね」


紺青がキラキラキラキラ、輝きを放って見つめてくる

ー嗚呼、この瞳に滅法弱い

訳のわからない照れくささに襲われ、人との馴れ合いに不器用な黒子は席を立つ


「僕、この本返してきます」


白雪の返事を受ける前に書棚の間に消える。
真っ白のブレザーを見送りながら紺青の瞳は焦点をぼかしてゆき、頭の中で警鐘を鳴らす

ーあ、ダメだ

弾かれたように白雪が立ち上がり黒子を追いかければ、水色の髪が上を向き厚い本を取り開こうとしていた
白い指先が触れる、その前に


「、!?」


急に腕を引かれた衝撃で彼は本を開いてしまう。
途端、うねるように空気中に現れた黒いナニカが黒子へ突進していく


「ダメだよ」


彼の目の前を細い腕が通り過ぎ、ナニカを躊躇うことなく掴み寄せた。
音もなくソレは彼女の体内に入り込み、微かな痛みに瞳を歪める
ムシャリ
虫が葉を食べるときのような音が聞こえた気がして、黒子はその正体に気付き顔が青ざめる

意識を無くし倒れくる少女を抱きとめ、煩雑に携帯を取り出しコールをかける



「赤司君っ……!」





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