泣くでもなく、彼女はひたすらに後悔を滲ませていた

祖母が亡くなったときに力の覚醒を感じたと言うが、たぶん彼女の引き金は身近な人物の死である。


「おばあちゃんが死ぬ前日の朝、私はおばあちゃんの家に行ったの。寝坊して学校に遅れそうだからおじいちゃんに送ってもらおうと駆け込んだ。逆光だったわけでもないのに、おばあちゃんの首から上が真っ黒で見えなかったんだ。でも私、急いでて…何も言えなかった」


彼女は言葉を切り呼吸を整える。
僕には触れ合い体温の繋がるこの指先を握りしめるしか出来ない。
この子に思い出さなくていい過去を話させているのは、他でもない、この僕なのだから


「次の日の朝に泣きながら私の部屋に駆け込んできたお母さんにおばあちゃんが死んだって言われて、呆然としながらもああやっぱりかって。そして亡くなった夜に、夢を見た。誰もいなくて音もない道路のコーナーミラーに映る、狐になったおばあちゃんが私に向かって恨んでやるって言ってる夢を……それからはもう、おばあちゃんの顔が思い出せない」


彼女の読みどおり、祖母の夢がきっかけで完全に力が引っ張り出された。
しかし、狐の姿をしていたというのが気にかかる。
訊けば動物姿の狐ではなく、着物を着た人間の若い姿で、鼻や目、耳が狐のようだったと言う。

ーもしや
推測でしかないが、彼女の祖母は生前より狐に憑かれていたのではないだろうか。

僕より強い狐ということはあり得ないが、人に憑いて尚且つ死後に力を持つ対象者の夢の中に現れることが可能ということは、そこそこの妖狐だ

彼女の力に気づいていて、きっかけを与えることで覚醒を促した…?

この仮説が正しいならば、彼女の祖母と共に死んだと見せかけた妖狐はまだ何処かで彼女を狙っている



「そういえば、さっき私の目の事なにか言ってたよね。あれは何?」


小首を傾げて問う彼女の仕草はわずかに幼い。
それがとても可愛らしくて、小さくわらった


「ああ…有坂さんの瞳は何色かな」
「え?普通に黒いよ」
「今は濃い紺色だ。虹彩が反射しているように輝きながら、ね」


絶句した彼女は慌てて携帯を鏡代わりに確かめる。
しかし携帯ではよく見えないらしく困ったように眉根を寄せた


「でも友達には一度も言われたことないよ」
「僕も有坂さんが力を使っているときだけかと思ったんだけど、それ以降も変わらないな。きっと力を得たときに妖力で変化したんだろ。だから力のあるモノにしかその色彩は視えない」


正しく言えば彼女の力は妖力ではない。
潜在的に眠っていたモノが掘り起こされて輝きを取り戻した。
有坂白雪の力は、純粋なる特殊能力としか言いようがない

これは強弱関係なく妖は欲しがるな、と納得する。
彼女は力を使っていないときはまるで気配が人間と変わらない。
キラキラと輝く瞳だけが特徴的だが、人と変わらぬ気配のせいでこれまで彼奴らの誰とも接触してこなかったのだろう

まだ落ち着かず瞳を気にしている、懐かしい気持ちを呼び起こさせる少女に告げる。


その瞳はとても美しいよ、と






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