僕の膝にやわらかな髪を広げて、苦しみのために輝きを閉ざす彼女。
記憶を蝕まれ、毒に犯され、切れ切れの不規則な呼吸は不安を煽られる。
涙を溢れさせながら薄く紺青を覗かせ伸ばされる白い手を握り返し、今助けるからとうわごとのように嘯く


──助けることなど、満足に出来ないくせに


触れた粉雪のような頬も透明に彩る涙もすべて僕のものだ。
離したくなかった。
感情伝いに寄せた鼻先は灰になってこぼれてく
ああ、ああ


「ーまたか…」



この寝覚めの悪さは、両手じゃ足りないくらいに繰り返した





予感はしていた。
いやむしろこのために彼女にわざと託したというべきか

京の夏は盆地というせいもあり驚くほどに蒸し暑い。
夏を目前にしたこの季節。
彼女がいなくなってようやく一周してやってきた夏は、遠いこの地で迎えた

淡い彼女へ馳せていると、ハズレを視ないモノから待ち侘びた報せが鳴り響く


「はい」
『赤司』
「彼女が待ち望んでいた夏にこの報せがくるなんてね、真太郎」
『俺がこうして電話することもお前はわかっていたんだろ?』


確信を得ているのに敢えて訊くだなんて、お前らしくもない


「さあ、どうだろうね?」


くつくつ笑えば機嫌を損ねたのかため息が返ってくる。
そんなに怒るなよ、久しくしていない君との言葉遊びじゃないか


『…お前のことだから知っているとは思うが。名字の、記憶が戻る』
「だろうな」


彼女に記憶虫の住む本を持たせたのは僕だ。
妖狐の手中にそうそう嵌ってやるものか、格下に出し抜かれるほど気持ち悪いことはない

僕が封印を施せば僕と同等あるいは僕以上の力を有さなければ解けなくなる。
天狐の封印を解こうとする物好きなどいないし、力が同等のものは血わけを行った彼女本人しかいない

ーいつか彼女の好奇心は僕の印を解く

その予感だけを、支えにしていた


「少し遅かったが、予想通りといえばそうだよ」
『なぜお前に件が憑かなかったのか…甚だ疑問なのだよ』
「件も信心深い人間の方が良かったんじゃないか」


悪いが絶対は僕だからね

じゃあ、と彼の返答を聞く前に電波を断ち切る。
本当に待ちくたびれたんだ




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